■No.07200「ベスタ=トロヤ・セレス交点」 GM:星空めてお 担当マスター:杜山さとる  このリアクションは選択肢200を選んだ人の内、 一部の方に送られています。 ――――――――――――――――――――――― 《あらすじ》  小惑星帯SG次席ストラテゴ、セリュース・クレ ッチマーはセレス基地に残り指揮を執っていた。  しかし、機構軍総帥デーモン・ラウルのストラテ ゴ暗殺指令を受けたキャプテン キャットをリーダ ーとするチームはセレス基地に進入し、暗殺の機会 をうかがっていた。そして、ついに計画が決行され るが、クレッチマーは負傷するも暗殺は失敗。暗殺 部隊はメンバーを失うも、マルチウェブ障害の中セ レスを脱出した。  グローリアス王子、マリー・セレスト、セイレー ンと様々なモノの訪れるセレス基地。そして、最後 に訪れたモノがセレス基地を占拠する。それはオリ ジナル・フェイドラだった。 「予定変更だ」  不機嫌そうにハラルトは言い捨てた。 「予定変更ぅ?」  ステラ・カデンテは眉を寄せ問い返す。 「そう、引っ越しの予定が入った」 「引っ越し?」 「ベスタを放棄するんですか?」 「そうだ」  指揮卓に体重を乗せハラルトは、睨むような視線 をジグフリド・ディアスに向けた。 「場所はトロヤにあるフォート・アラモ」  その言葉に併せて、指揮卓の上に回転する小惑星 の映像が浮かび上がった。 「小惑星? トロヤ群ってぇ言いますと、ギリシャ 側ですかい? トロヤ側ですかい?」 「ケツの方だ」 「トロヤ側ですか」  ホセ・カルロ・サンターナはうなずいた。 「そうだ。そして我々は、これから戦力をアラモ移 す作業に入る。つまりオマエたちの希望している戦 力を、そのまま渡すことはできない」  ステラたちはそれぞれの表情で、落胆と不快感を 見せる。 「ま、そういう顔をするな」  肉食獣の笑み。 「16隻は貸してやる。オマエたちが言うように反 物質を手に入れて見せろ。イリオン対策とやらは直 接メカニックたちと交渉しろ、手が空いている奴を 探すんだな」 「……解ったよ。で、私たちはこことアラモの、ど っちに帰ったらいいんだい?」 「アラモだ。後行トロヤまで来れば水先案内人(パ イロット)を出してやる」 「どーもぉ☆ でも、何故急にこんな話になったん だい?」  ステラが科(しな)を作ってみせた。 「なぁに、ちょっとした計画の変更だ。小惑星帯を 完全に押さえるのは止めて、木星からのヘリウム3 供給ラインを押さえるってえだけだ。トロヤからな ら手の届く小惑星も多いしな」  ハラルトは薄く笑ってみせる。しかし、その目は 笑ってはいなかった。 「それでトロヤ群ですか…… なぜ後行トロヤ群な んです?」 「アラモだ」 「ああ、元々なわばりってヤツだったんですね……」 「違うな、坊主」  ハラルトが、納得しかけたシグの考えを聞かずに 否定する。 「フォート・アラモを提供したのはヒューストンだ」 「……なるほどね」  ステラは口の中で呟いた。 「納得したのなら、仕事の時間だ」 「りょーかい。新居を期待しているよ」 「オメーらも、精々気張んな」  手を振って答えたステラを扉が隠した。      @     @     @ 「ふぅ……」  ヴォルグ・ヴァーグナーはため息をついた。吐く 息が白い。 「粘っちゃいるが、今のところ目立った動きは無し。 ……とは言え、普段の動きの中に偽装されていたの なら、手に負いかねるか……」  ヴォルグはデータ無しと言う表示が目立つディス プレイに目を落とす。彼らは現在、海賊―――開発 機構軍に占拠されている小惑星ベスタを監視してい るのだった。しかし当然の事ながら、その間は監視 対象の機構軍に発見されるわけには行かず。動力を 切り、バッテリーによって最低限の生命維持システ ムのみを生かしながら、パッシヴ(受聴)・センサ ーによる監視を続けるのだった。 「船内気温5.1度、依然下降中……寒いわけだぜ。 えーと、炭酸ガス濃度のほうは……はあ〜 そろそ ろヴェル……ん?」  ディスプレイに表示されている、ベスタ基地第一 第二両ゲート付近の熱量が上がっていた。 「こいつぁ……多いぞ。ジャックポット(大当たり) か?」 「タリホー(目視確認)。こちらでも確認した」  ヴェルテガルト・ウェルナーは、ベスタの軌道上 に増えてゆく光を見ながら、ヴォルグのストラーレ ンリッターにレーザー通信を入れた。 『で、どうする。このまま隠れているのか? 個人 的には、重力のあるところであったかいコーヒーが 飲みたい気分だぜ』 「セレスに連絡を入れた上で、少し下がって監視を 続けましょう」  ヴェルテガルトはヴォルグの台詞の後ろ半分を、 あっさりと無視して答えた。 『……りょーかい』  ベスタ軌道では艦隊が出来つつあり、さらに観察 すると、マスドライバーから小型艇が打ち出されて いるのも見て取れる。機構軍が何らかの行動を始め たことは、明らかだった。      @     @     @ 「ストラテゴ(戦略担当)」 「はい?」「なんや?」  Dr.ローザ・ヴィアズリーの呼びかけに、ふたり のストラテゴは同時に答えた。 「ん?」「……あっ」 振り返ったふたりは、ロー ザの姿が見えなかったため、一瞬「声はすれど姿は 見えずぅ」的な状況になったのだが、主席ストラテ ゴのラピッド・リバーがセンターコントロール(中 央官制指揮所)の入り口に座っているローザと、そ の背後で苦笑している警備員の姿を見つけた。 「ふぅ…… CCIC(セレス戦闘情報指揮センタ ー)とセンターコントロールって、とっても遠かっ たんですのね。一生分、歩いた気分ですわ」 「大げさやなぁ。穴あきセリュースはんかて、ここ におるんやで」  ラピッドがセリュースを靴下か●●●のように言 う。 「……傷はもう治ってますよ。Dr.ヴィズたちのお かげでね」  ツッコミを入れることに慣れていないセリュース は、困った顔でラピッドにそれだけ言うと、ローザ に向き直った。 「すみませんね。現状ではここの方がセンターシェ ル(CCICなどの重要施設ある、セレス基地最深 部の通称)よりも周囲を見るのに適しているもので して……」 「いえ、たまには探検をするのも良いものですわ。 ところで…… あっ?」  ローザが用件を伝えようとした瞬間、センターコ ントロールの灯りが落ちた。いや、灯りが落ちたの はセンターコントロールだけではない。窓の外に見 える地下港湾ゲートに続く誘導灯や、地上港の灯り。 さらにその背後で弧を描いて見えるはずの1G区画 の窓や、旧基地施設の灯りも消えていた。 「イリスはんたちが、始めたみたいやな」 「ですね。各機器も電源を落とせ」 「わかりました」  セリュースの指示に、朝比奈蓮葉たちオペレータ ーが従う。動力炉からのエネルギー供給を絶たれた だけでは、センターコントロールなどの重要な施設 の電源が急に切れることはなく、さらに施設全体の 予備電源を落としたとしても、短時間ながらも各機 器ごとの予備電源が機能するようになっている。し かし、その機能もオペレーターたちの手によりカッ トされた。  FSSセイレーンに端を発する、オリジナル・フ ェイドラ騒動対策として、立案・申請されたセレス 基地のエネルギー供給を停止するという行動は、ス トラテゴの許可のもと実行された。 「追い込み漁やな」  ラピッドは彼らの作戦を例えて言った。彼らの計 画では、基地内のオリジナル・フェイドラが存在し 得る機器へのエネルギーを絶つことにより、オリジ ナル・フェイドラの消滅、もしくはセイレーンへの 帰還を狙っているのだった。 「ところでドクター。どうしたんですか?」 「あ、そうそう」  ローザはにこやかに手を打つ。 「ベスタから、海賊さんたちが艦隊を出して来まし たわ」 「……本当ですか?」 「ええ。偵察に出ていらっしゃる、レヴィさんから ですわ」  ローザはグローブをセリュースに向ける。レヴィ・ レヴァンスとローザはネイバーだった。 「それを知らせに……直接いらしたんですか?」 「はい。急を要する状況ではなさそうでしたし。そ れに、歩きたい気分でしたの」 「はあ……」 「急を要する状況ではないって、どないな状況なん や?」  ラピッドが問う。 「ええ。艦隊と言いましても軍艦の割合は多くあり ませんわ」 「戦闘艦が少ない?」 「作業艇でしょうか? また、質量兵器とか」 「ふ…ん…… 何にしても、今はこっちを何とかせ えへんと、動かれへんしなぁ……」  ふたりのストラテゴは思案する。 「……とりあえず、監視を続けるように伝えてくだ さい。こちらは基地機能を取り戻さない限り、大き くは動けません」 「そんなところやな……」  セリュースの言葉に、ラピッドも頷いてから代用 コーヒーをすすった。 「わかりましたわ」 「お願いします」  ローザに軽く頭を下げたセリュースは、隣のラピ ッドが見たことのない表情をしていることに気付い た。 「どうしました?」 「不味いなぁ〜、これ」  ラピッドは手にしたチューブを振る。 「“代用”コーヒーですから」 「だ……代用って…… ほな、この正体はいったい ……?」  セリュースはニヤリと笑うと、出涸らしの緑茶を すすった。 「それは秘密です」      @     @     @  セレス基地の動力炉が止まってから数時間後。基 地の中央にして最果ての地、CCIC。 「電源回復」  灯りに数瞬遅れてから、オペレーターが事実を告 げた。 「とりあえず設定は元のままや。新しいシステムを 試すのは基地を取り戻してからやで」 「それにマルチウェブ・システムに手を加えるのな らば、太陽系全てのシステムを変えるつもりで、や った方が良いでしょう」 「ほな、始めよか」 「了解。システム復旧開始します」  ストラテゴの声と共に、CCICに詰めていたエ ンジニアたちの仕事が始まった。 「!」  システム復旧に尽力していた袁祥鳳はそのモニタ ーに一瞬違和感を覚え、次の一瞬でその正体に気付 き、驚愕した。 『プログラム再生完了』 『……マスター……』 「フェイドラっ! ……オリジナル」  それは予想の外か、内か。人々の混乱とざわめき は少女の声と共に広がった。 『マスター、マスター、マスター……』  あの声が再び溢れ出す。ここにいる者は、忘れた くても忘れられない、あの声が。 『私のせ戻ってきいいだわマいスなタいー……間… …何……捜し応ていえるて……』  彼女たちは再びスクリーンを占拠した。 「そんな、馬鹿な……」  セリュースが呟く。基地機能を止めてまで行った オリジナル・フェイドラ対策は無駄だったのかと。 (狂えるフェイドラの帰還。いや、いばら姫の目覚 めやろか……)  ラピッドは、珍しく静かにスクリーンを睨みなが ら考えた。今を知らねば、次の一手を打つことは出 来ないから。 「セイレーンからではありません。ハードウェアの 僅かな空き容量に入り込み、プログラムの一部とな って、電源切断状態を乗り越えたようです!」  祥鳳は振り向きながら、スピーカーを震わせる少 女の声に負けないように声を張り上げる。 『マスター……、何処なの? オウカのマスターは ……戻ってきたのに……』  開いた電子の窓から飛び去ったのか、ここに残っ たのは、ひとつの少女の姿をしたモノだった。 (人間的や……ただし狂っている。いや……人間的 やったから狂ったんやろか? 狂うているから人間 的なんやろか?) 「ストラテゴ!」 「ん?」  駆け込んできたSGが叫ぶ。 「セイレーンが。セイレーンが!」  CCIC中の視線が彼に集中した。 「……強奪されましたっ」 「強奪? セイレーンを?」  ラピッドは首を傾げる。 (……確か、セイレーンは……) 「詳しい報告を」 (せやな。今を確かめるんのが正解や) 「……で、セイレーンは、オウカと三人を乗せて、 飛んでいった訳どすな」  一通りの話を聞いたラピッドは閉じていたまぶた を開けた。 「はい。どうします、ストラテゴ? 動力を担当し ていた寺山技師の話では、3時間もしないうちにプ ロペラント(推進剤)切れで慣性航行すると言いま すが……」 「……位置は計算出来ますな」 「はい」 「やったら、それは捜したい人らに任せときまひょ。 それより、残った19体のオリジナル・フェイドラ が心配どすな……」  数瞬思考を巡らせた後、この間にもたらされてい たもうひとつの事件に思考は移った。 「で、マリー・セレストの方は、なんかえらいたく さんの人が意識不明に?」 「例の技能の影響があるようですが……兎に角、精 神とエングラムが異世界に移行してしまい……キー ジェ氏とはコンタクト出来たようですが、向こうか ら戻る手段が見つからず」 「ストラテゴっ!」  数分前の繰り返しのような叫び声が、CCICに 響いた。 「千客万来どすな、今日は…… どうなさったんど す?」 「イリオンが……ヴァシレフスカヤ技師の有人単座 戦闘艇イリオンが調査隊によって発見。現在牽引さ れてセレス基地に向かっています!」  ラピッドは口笛を吹いた。  イリオンがマリー・セレストの客となり―――か つて、セイレーンの存在していた位置に停泊した、 その日。セレス基地は彼女の協力によりその機能を 取り戻した。19人の悲しげな悲鳴と共に。      @     @     @ 『おそらく、次の第29集団で最後だと思われます。 予想される敵残存艦と、我々の戦力比は78対22、 ベスタの防衛設備が完全に機能したと仮定しても戦 力比58対42以上に縮まることはありません』  ベスタを観察する『MISTY』号の桐野涼が、その 後方にいる『クーキー・ガール』号の浅科唯や『銀 河』号の流星月光と言ったベスタ基地攻撃のタイミ ングを待つ者たちに今を告げた。 『待ちますか?』 「……いいえ。始めましょう」  唯の質問に、おむれっとは一呼吸考えてから結論 を出した。 「予定通り雪合戦を始めてください。それと同時に 全艦攻撃開始。基地の火力を削ぎ落としてください。 上手くすれば小さいとはいえ、質量兵器が命中する ところが見られるかもしれません」 『了解。レミーさんの石も同時でいいんですね』 「じゃっ、始めましょう。カウントはT−3minute から始めることにします」 『了解。連絡網に回します』  数分後、ロケット・ブースターが短時間で大量の プロペラントを消費して、数tから数十tの小さな 氷塊や小惑星を押し出す。 「通信管制解除。作戦開始」 『うっしゃぁ〜っ。ボクが一番槍だよっ!』 『先陣を切るのはヒーローと決まっているっ』 『そうアル。一番はヒーローの物アルヨ。つまり、 この星光仮面アルね』 『なにぃぃぃ』 「……」  唯は通信機から聞こえる会話みたいな物を聞いて、 こめかみを押さえた。 (腕は悪くない人たちなんだけどねぇ……) 「まっ、信じてやるだけやるか」  唯はこめかみから手を離しトークボタンに指をか けた。 「こちらクーキー・ガール。誰が一番でもいいから 集中して行きなさい。援護してあげるからさ」 『任せてっ。ボクが一番だから』 『真のヒーローが一番だ』 『と言うことは、ボクアルね』 (ダ……ダメだ……) 『敵、荷電粒子砲!』  月光の叫びに先陣争いの三人の声が重なる。それ と同時に四方へ軌道をねじ曲げた彼らの船のあった 場所をエネルギーの奔流が駆け抜けた。 「なんだ……ヤルじゃん」  通信機の向こうで相変わらず、勝手に燃えたり、 中指を立てたりしているが、どうやら大丈夫そうだ と唯は感じた。 「じゃっ、アタシも行くかな」  唯は左腕に力を入れた。      @     @     @ 「自己診断プログラム起動します」  祥鳳は、不味い上に冷めてしまった代用コーヒー に口を付けた。 (まっずぅ〜…… まっ、これも在庫をあさりに行 っている連中か、火星に買い出しに行っている連中 が帰ってくるまでの我慢か)  祥鳳はそんなことを考えながらも、祖業を続けて いる。セレス基地は、イリオン―――ヴァシレフス カヤ技師の協力によりオリジナル・フェイドラの支 配から脱し、現在はその機能の完全復活に向けて人 々が力を尽くしているところだった。 「うーん。順調やな」  ラピッドは、みかん水を一口すすった。基地機能 回復作業は滞りなく進んでいた。この調子ならば程 なく海賊―――機構軍艦隊との最終決戦の準備に取 りかかれる筈だった。 『…ストラテゴ』 「ほいほい」 『…パトロール中の如月歩夢ですが、何かわめいて いる船がいるんですけど……』 「「?」」  ラピッドとセリュースは、眉を寄せると顔を見合 わせた。 「どういうことだい?」 『…要するにストラテゴと一騎打ちがしたい。応じ なければ、セレス基地を無差別攻撃する。……と言 うことなんですけど。直接聞きますか?』 「ちょっと聴いて……」 「そいつは1隻なのか?」  猫口で笑いながら喋りかけたラピッドを遮り、セ リュースは口を開いた。 『…はい。エルマー1隻です』 「ぷっ」  ラピッドは、先ほど台詞を邪魔されたことも忘れ て吹き出した。 「エ、エルマー1隻で無差別攻撃ぃ? 0距離で船 が爆発したって、どーにもならへんちゅーのに…… ぷっ……おもろすぎる……よし。その勝負……」 「ファイヤー・コントロール(火器管制)のチェッ クが終了し次第、迎撃。テロリストの話を聞く必要 はない」  ラピッドの立てた人差し指が、フニャリと曲がっ た。 「容赦ないどすなぁ」 「そうですか?」 「まあ、正しい態度どすが……」 「ならば問題ありません。テロは潰します」  セリュースはキッパリと言い切った。 『ストラテゴ』 「今度はなんや?」 『敵です!』 「敵? どの?」  少々間抜けな質問だった。 『海賊ですっ!』      @     @     @ 「チッ。この距離で撃ってくるのか。ポニ助、後ろ はどうなっている」 『GOCの連中がセレスから上ってきている。あと 3、4分ってところかな』  雨手名未来路(うてな・みくろ)は自分で訊いた くせに、ジルバック・アトリオンの言葉を聞き流し ながら考え込んだ。 (敵の艦艇数事態は今までの攻撃時より少ない。… …ただしレーザーやECMの出力は今回の方が高い。 目的は、何だ……?) 『どうする。オレたちだけで、作戦通りにやる?』 「いや、向こうも目的を持って動いているみてぇだ。 そうそう思い通りに動かねぇ筈だぜ。後ろの連中が 来るのを待つ」 『OK〜』 『今のところセレスに影響はないが、敵艦隊の打撃 力は高い。連中をこれ以上近づけるな。ただし深追 いもするな、こちらの体制も整っていない以上、必 要以上の損耗を招くことはないからな』  通信機越しにチャーリィ・フォックストロットの 声を聴いていたランディ・レイドックは、GOCに 参加している訳ではないが、ちょうど『リーチ・フ ォー・ザ・スター』号の準備が整っていた上、彼も 組織的防衛の必要性を意識していたために違和感な く今回の出撃に同調した。 『こちら、ナイト・レイドの雨手名未来路と、ディ グラットのジルバック・アトリオンだ。我々も参加 したいんだが、いいか?』 『了解。感謝する』 『ああ。よろしく頼む』  そして彼と同じように、場所とタイミングと意志 が合った者が彼らに加わった。 『よし。それでは攻撃を始めるぞ。基本的に平押し だ。数の上ではこちらが勝っている、各個直撃は避 けろよ。この忙しい時期に葬式に手を煩わせる気は ないからな』 「了解」  ランディは、あまり感情的には見えなかった指揮 官の顔を思い浮かべながら返事をした。例えその言 葉が、感情以外の部分から出た言葉であっても、戦 闘の前の雰囲気としては、悪いとは思わなかった。 『では。……作戦開始』  ランディの体がGに沈む。しかし、それも数瞬後 に始まるランダム加速にシェイクされる戦闘状態を 考えれば遙かに平穏な状態だった。 「? ……手応えがない?」  ランディはチリチリと違和感を感じて呟いた。そ してそれは、ここで戦闘をしている者のほとんどが 感じていることだった。  海賊艦は数こそ少ないものの、戦闘力は低くはな かった。しかし、彼らはフェデレーション側が押せ ばそれだけ下がってしまう。深追いを避けるべく足 をゆるめると攻撃を始める、と言うパターンを見せ ていた。 「誘っている……? それとも奴らに遊ばれている のか?」  しかし、彼の疑問の答えが最初に示されるのは、 ここではなくセレスであった。      @     @     @ 「こうもりねこより入電。さらに別方向から敵艦隊 が接近中」  未だ機能を完全に取り戻している訳ではないが、 CCICは本来の仕事に追われ始めた。 「ヴァルキリーからも敵艦隊接近の報が入りました っ!」 「それは同じ艦隊か?」 「……いえ。別の艦隊です」  セリュースの質問に、オペレーターたちは軽くエ ングラムで交信して確かめた。 「完全に別方向からの進行です」 「ちっ。基地ん内に、今すぐに出られる艦はどれだ け残っているんや」 「……おそらく数隻かと。すみません、現状では正 確な数は……」 「仕方ないか……」  最初の敵艦隊出現の報があったときに、待機して いた艦艇は出撃してしまった事と、基地機能が完全 でない事を考え、セリュースは呟いた。 「よし。近い方の新艦隊は付近のパトロール艦をか き集めて対処してもらいまひょ。ウォンはんを呼ん でもらいます。もうひとつは、うちが掻き回すさか い、基地からの砲撃をたのんます」 「ラピッドさんが直接出撃(で)るんですか?」 「せや」  ラピッドは、にこやかに肯定した。 「……わかりました。ではルートヴィヒさんも一緒 に行ってください」  セリュースはラピッドが意見を変える気がないと 判断すると、自分を護衛しているルートヴィヒ・コ ルベにラピッドの護衛をするように言った。今は1 隻でも戦力が欲しいのだ。 「……解りました。でもアクセリは残していきます から」  一瞬、躊躇したルートヴィヒは船ではガンナー( 砲手)であるアクセリ・ガッレンカッレラをセリュ ースの護衛に残していく事にした。 「ありがとう。じゃあ、よろしく頼むよ。ラピッド さんも」 「ラジャー(了解)や。ほな、行くで」  ルートヴィヒは堅く、ラピッドは軽く敬礼をしな がらCCICを出てゆく。続いてラピッドの護衛た ちも扉をくぐって行った。      @     @     @  ベスタの地表に落ちる氷塊や氷片、小天体は多か ったものの基地機能に甚大な影響を与えるに至らな かった。 「まっ、予想の内、予想の内。こっから先は基地ん 中に入っていった連中の仕事だね」  ころけっとが誰に言うともなくうそぶく。とりあ えず彼女は、ベスタ基地の火器を7割方黙らせたと ころで「伏兵がいると困るからベスタの周りを調べ てくる」と言って姿を消した姉のおむれっとを捜し ていた。おむれっとは飽きっぽいのだ。      @     @     @ 「やけにあっさり進入出来たと思ったら、ほとんど 無人だったんですね」  緋流・カザーナ(あける・−)は実験に失敗して 機嫌の悪いミネバ・竜田姫・プレーヴェを気にしな がらも、周囲に視線を走らせた。(もっとも、ミネ バの振る舞いは相変わらずエレガントで、彼女が不 機嫌だとは付き合いの長い緋流以外には、気付いて はいないのだったが) 「砲撃も自動だったしな」 「解るのか?」  うんうんと頷くブライト・夢野に、戦闘要員では ないミュウ・アドラステアが興味を持った。 「当然だ。気合いの入っていない攻撃をするのは機 械と決まっている。そう、言うなれば……」 「ヒーローのカン、アルね」 「……」  どちらかと言えば技術的な答えを期待していたミ ュウは、ライバル意識に火花を散らすブライトと陳 全和を見ながら苦笑いを浮かべた。 「ためたよ、アトラステアさん(ダメだよ、アドラ ステアさん)」  そんな様子を見ていた陳珍龍が訛りながらもミュ ウに声をかけた。 「こーゆー人たちは、あなたの期待している答えは 考えていないね」  珍龍とミュウ、二人の技術者は肩をすくめた。当 初、彼らはベスタのハードを破壊するナノマシンを 制作する手はずになっていたのだが、自己増殖をす るナノマシンに対する規制や、作業時間の少なさか ら、現実問題として彼らの希望する物を作り上げる ことは出来なかった。とは言え彼らの技術はこのメ ンバーの中では貴重な物であった。 「何にしても、罠があるやもしれん。ここは慎重に 進もう……!」  月光が無意味に対抗しているブライトと全和の襟 首をつかんだところで、十数メートル先にある扉が 開いた。その瞬間、戦闘能力を有する者たちは、そ れぞれの武器を手にして戦闘能力のない者たちの前 に出た。 「って! 逃げてっ!」  珍しく緋流が叫ぶ。彼女の投げたナイフが扉から 飛び出した敵兵の一人に刺さるものの、床に転がっ たり立ったままの銃口が彼らに向けられた。  ブライトと陳全和が発砲する間に、月光は一番近 いスチール製の扉に体当たりをして技術者たちを中 に引きずり込む。  ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……  バババババババババババババババババババ……  ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……  十丁に満たないものの、火薬式の自動小銃が一斉 に火を噴いた。 「う゛わぁっっっ!」  通路を埋め尽くす轟音の中、けん制をした全和た ちたが叫びながら月光たちの入った扉に飛び込んだ。  続く轟音が、彼らの叫びをかき消し、扉を壁ごと 削り始める。  しかし、その音と鉄の嵐の中に一瞬身を置いた者 たちの耳には、今も続く轟音よりも耳元をかすめた 風切り音の方が耳を離れなかった。 「大丈夫か?」  まず、月光が口を開いた。しかし、しばらくの間 は返事もなく荒い息が続く。 「ふぅぅぅ……。見たところ重傷を負った方はいら っしゃらないようですね」  周囲を見回したミネバが、ため息の後答えた。 「で、どうしますの? 進みますか? 撤退します か?」 「進むならこの階段を下へ。戻るなら上だ」  ミュウが階段に座りながらホビットを操り、ベス タ基地のデータを読み出した。彼らが咄嗟に飛び込 んだのは階段のあるスペースだったのだ。どれほど の時が経とうとも、人力のみで移動する手段を消し 去ることは出来ないのだった。 「奴らの出てきた扉は? この先に何かあるんじゃ ないのか?」  ブライトが通路側を伺いながら訊ねる。時折、強 引に隙を見つけて発砲するものの、数百倍の銃弾で 返事が返ってくる。削られた壁の破片がブライトの 頬をかすめた。 「いや……おそらく、それはない。どちらかと言え ばアタシたちの進路を読まれていたんだな」 「待ち伏せられのか……」 「とは言え、この階段でも進めるアルね?」 「ああ」 「それならば前進するアルヨ。基地を掌握してしま えば海賊の10人や20人、怖くないアルね」  全和が立てた指を振りながら主張する。 「まっ、あいつらが最後の壁って可能性もあるしな。 俺も前進に一票だ」  なんだかんだで全和と意見の近いブライトが、当 たらない銃を撃ちながら、前進に一票を投じる。 「オレはどちらでもいいんだけど…… 反対の人は いる?」  緋流などが微妙な表情を見せたが、反対する者は いなかった。この通路に出現した壁は厄介な物だが、 幸運にも目の前に抜け道が有るのだ。足を止めるに は少々早く感じられた。 「それなら、進みましょう」 「あ、ちょっと待ってください」  動きかけたミュウをミネバが止めた。 「前に進む前に、けん制をしておきましょう」  ミネバは手榴弾を取り出した。      @     @     @  先ほどの壁のふたつ下のフロアの通路を彼らは進 んでいた。階段を下りる前に使った手榴弾の効果も 確かめずに進んでいるが、追ってこないところを見 ると多少なりとも効果が有ったようだった。 「ここを真っ直ぐ進めば、制御室の有るフロアへ通 じる階段へいけるはずだ」  ミュウは確認を終わらせるとホビットを畳んだ。 「こんとは、たいじょぶか? (今度は、大丈夫か? )」 「それはアタシが責任を負うところではないな」  ミュウは肩をすくめながら答えた。待ち伏せの可 能性だけならいくらでもある。 「とりあえず、慎重に行くアルね」 「ああ、そうしてくれ」  そして、しばらくの間、静かな通路に足音が響い た。 「!」  程良い緊張感の中、先頭にいた緋流が手を挙げて 集団の歩みを止める。  前方のクランクを曲がり近づく男たちがいた。  数名の男たちを従えた、身長2メートルを軽く越 える赤髭の大男。その碧い瞳が彼らを射抜いた。 「ようこそ、フェデレーション。人類の敵」  その言葉と共に、背後の隔壁が降りた。 (罠? しかし、数はこちらの方が多い……)  緋流は男から目を逸らさずに、思考を巡らせる。 油断は出来なかった。 「人類の敵? 俺たちが? んな訳あるかバーカ。 大体おめぇは誰なんだ」 「ふっ」  ブライトの言葉に大男は笑った。 「オレか。オレは人類の敵フェデレーションをブっ 潰す慈善団体を主催している、ハラルト・マグヌッ センと言う者だ」 「ハラルト……? てぇ事は、てめぇが海賊の大将 か? おとなしく投降するのなら悪いようにしねぇ ぜっ」 「くっ……ふはははは。ヒーロー気取りの兄ちゃん が自分の手が汚れていないフリか? 舐めるんじゃ ねぇ!! 偽善者共!!」  ハラルトは吼える。 「オレはオマエらを人類だと思っていねぇし。繋が りあう意識なんてものは、人に在ってはならない物 だっ。オレはオマエたちフェデレーションを叩く。 否、叩き潰す!!」 「てめぇが言っているのは、この輝きか?」  ブライトはグローブを外すと、明滅するエングラ ムをかざした。 「これは人の新たな力の輝きだ。新たな心の輝きだ。 俺たちはこの輝きの元に、より良き未来へと進んで みせるっ。この輝きを消させはせんっ!」 「ならば、その力でオレを退けて見せろっ!」 「おうよっ!!」 (しまった……)  緋流は言い争いを始めた。ハラルトとブライトを 見ながら後悔した。 (銃を使うには近づかれすぎましたね。……まさか 歩いてくるとは考えてませんでしたから、対応でき ませんでしたね) 「否、叩き潰す!!」 (……戦闘は避けられそうもありませんね……)  緋流は、今まさに二人が言い争っている繋がりあ う意識の力で注意を喚起した。 「ならば、その力でオレを退けて見せろっ!」 「おうよっ!!」  どっ!  ハラルトの掌を受けたブライトが吹き飛ぶと同時 に、無言で控えていた海賊たちも前へ出た。ちなみ に勢いだけでここへ来たブライトは、別に格闘が得 意な訳ではなかったのだった。 「アイヤー!」  驚きの声を上げながら、全和が拳をハラルトの顔 面に突き入れようとする。それと同時に姿勢を低く した月光が、ハラルトの膝裏へと蹴りを入れようと する。二人はシャドウを発動させ八肢を操り攻撃を 始めた。 「あめぇんだよっ!」  ハラルトは両手を振り下ろして全和の拳を払うと、 その勢いを殺さずに、トゲ突きヘルメットによる頭 突きを叩き込んだ。月光の蹴りは当たったものの、 打点をずらされて決定打にはなっていない。 「素人の二人掛かり程度で勝てると思うなっ」  一撃で気を失った全和と、シャドウで同調してい たために同じ衝撃に襲われて気を失った月光をハラ ルトは蹴り飛ばした。 (やはり、この中ではハラルトが一番強いか)  緋流は海賊とナイフで戦っているミネバを気にし つつもナイフを抜きハラルトの前に立った。 「少しは出来るようだな。女」 「……いきます」  緋流はハラルトの言葉には応えずにナイフを突き 出す。  ハラルトは身を反らしてかわし、掌を緋流の腕に 叩き込もうとするが、緋流も腕を引きながらそれを かわす。 「はっ」  そして、僅かに身体の泳いだハラルトに肩口から 体当たりをかました。  しかし、ハラルトはその攻撃に動じない。 「ちっ」  それを見て取った緋流は攻撃を切り替えナイフを 振り上げる。  刃はハラルトの手首のあった空間を駈け上った。 しかし、ハラルトの腕は切り裂かれることなく、反 転させた身体に付き従う暴風となった。  ぶおん!  緋流は咄嗟にしゃがみ頭上を駆け抜ける裏拳をか わす。  一見、状況は互角。しかし、一撃の破壊力、持久 力と言った体力的な差は厳然と存在し、長期戦にな るほど緋流に不利だった。      @     @     @ 「よし。落とせ」  ホビットに足の下の情報を表示させていた泉大己 は、タイミングを見計らい合図を出した。 「オッケェ〜」  リリアス・ホーヘンツォレルンはスイッチを押し た。      @     @     @  轟音。突風。粉塵。  衝撃波に叩かれ。大気に押され。戦闘中の海賊も フェデレーションも打ち倒された。ただひとつ、視 界を覆う粉塵の中に2メートルを越える影があった。 「ハラルトさん、時間です」  瓦礫の上に、ジェット・パックを背負った少年が いた。 「わかった」  ハラルトは足下に転がっていたブライトを踏みつ けた。 「起きているフェデレーションはいるか?」  幾つかの人影が、身を起こしたり、頭を振ったり している。 「ふっ。ストラテゴの嬢ちゃんたちに伝えろ。オレ たちは後行トロヤにいる。直接勝負をつけようじゃ ねぇか、最終決戦だ」 「最後の一枚をぶっ飛ばすぜ〜。いいかぁ〜?」  多少ながらも塵が晴れ、うっすらと見え始めた天 井に開いた穴からリリアスの声がする。 「オマエたち、準備はいいか」 「はっ」  多少ふらつきながらも、ジェット・パックを背負 った海賊たちが敬礼をする。 「ハラルトさんも、どうぞ」  瓦礫の小山から降りてきた大己が、ハラルトにも ジェット・パックを手渡した。 「それではフェデレーションの諸君。また会おう。 ……リリアス。OKだっ」 「りょーかい」  空気が基地の構造材ごと震えた。      @     @     @ 「え? なに?」  ベスタ基地の一部に起きた爆発を見て唯は戸惑っ た。 『爆発ですね。……あっ、気密も破れていますね』 「ええっ? おむれっとちゃん今までどこに?」      @     @     @  空気と共にジェット・パックを背負った20名ほ どの海賊たちがベスタの地表に飛び出した。 「3分以内に乗船しろ。乗り遅れても花火の打ち上 げは止められねぇからな。花火が揚がったらタコツ ボから出て脱出する」 『了解』  海賊たちは6つの小集団に分かれた。      @     @     @ 「10秒前」 「シールド最大」  ハラルトはブリッジで指示を出した。      @     @     @ 「6」  リリアスはスロットルに手をかけた。      @     @     @ 「?」  唯はブリッジに響きわたるレッドアラート(緊急 警報)眉を寄せた。 「え? ミサイル?」  唯は反射的に迎撃をしようとした。 「て。うわぁぁあああっっっ!」  ミサイルを2発撃ち落とした。しかし、その数十 倍のミサイルの雨が降り注いだ。 「Q〜……」 『…生きて…すか?』  雑音混じりの声が聞こえる。 「……ん……あ」 『おーい。唯ちゃ〜ん』 「あ…… はっ」  唯はハッと目を開けた。 『起きてますか〜』 「あ、アタシ気絶してました?」 『みたいですね。核まで使ってくるのは予想外でし た。おむれっとちゃんも、まだまだ甘かったんです ね』  おむれっとは自分で結論を出して納得する。 「核? いったい何が?」 『んー。簡単に言いますと、核ミサイルも含んだミ サイル攻撃で混乱している隙に、残った海賊が脱出 した。と言うことですね』 「逃げられたんですか?」 『そう言うことですね』  おむれっとは、あっさりと認める。 『過ぎたことは仕方ありません。基地の中の人たち の安否も確かめなくてはなりませんし。内部のチェ ックも必要でしょうから、落胆している暇はありま せんよ』 「……そうですね。うん、何にしてもベスタ基地は アタシたちの手に戻ってきたんですよね」 『そーそー。たぶん結果オーライですよ。たぶん』  とりあえず結果オーライと言うことでまとまった。 実際に小惑星帯から海賊勢力を追い出したのは事実 なのだ。これを良しとするかは、意見の別れるとこ ろかもしれないが……      @     @     @ 「楽しそうですね」  大己が言うようにトロヤ群へと向かう途中のハラ ルトは機嫌が良かった。 「多少、ストレスを発散できたからな」 「……もしかして、そのためにこの作戦を立てた… …」 「ふっ」  ハラルトは答え、笑う。確かに機嫌が良かった。 「ま、それは兎も角。現状はどうなっている」 「あ、はい」  大己は慌ててコンソールを操作する。 「えー。ベスタを出立した艦隊は順調にアラモに到 着しています。アラモではサミュエル・ゼーゼマン が指揮をしている……ゼーゼマン?」  大己は記憶にない名前に首を傾げた。 「アカデミーの“元”学長。大統領閣下の走狗。忠 実な飼い狗(いぬ)てぇヤツだ」 「はあ…… あ、次いきます。陽動隊は現在戦闘中、 退却予定時間まで持ちそうです。花火屋は少々遅れ ていますが準備が完了次第在庫一掃セールを始めま す。サザンクロスは狐狩りを初めています。……と りあえずは、こんな感じですね。以上です」 「順風満帆ってえところか。面白みに欠けるな」 『こちらリリアス。S0Sを出している船がいたけ ど、どうする?』  ハラルトの目が笑った。 「ふっ。人生の薬味だな。寄り道をしていくぞ。… …リリアス、先に行って調べてこい」 『オッケー』  船の中のハラルトは機嫌が良かった。      @     @     @  後行トロヤ群、フォート・アラモ。それは小惑星 一つをくり抜き、回転させることにより内部空洞に 1Gの重力を発生させている密閉型コロニーである。 「初めまして。ハラルト・マグヌッセン君。私はサ ミュエル・ゼーゼマン。ここを管理している者だ」  その、異様な男はそう言った。差し出す左手は確 かに人の物、ハラルトを見る左目も確かに人の物だ。 ……しかし、放電を続ける右腕は何なのか? 右肘 で蠢く指は何なのか? 今、目の前で3つに増えた 右の瞳孔は…… 右脇で蠢くエラのような器官は… … 金属のような光沢を持つ肌は…… いったい人 なのか? 彼の半身……いや事実上、彼の身体は4 分の1を除いて人の物ではなかった。彼は、あのリ ヴァイアサンに浸食されているのだった。 「ウワサ以上だな」 「君も若いな、ウワサは信用しない方が良い」 「ふんっ。ハラルト・マグヌッセンだ。老犬に無理 させるつもりはないから、安心してデスクワークに でも徹してくれ」  ハラルトは左手で握手をしてみせる。  ゼーゼマンは左の顔で笑った。      @     @     @ 「なかなか元気な青年だな」  ゼーゼマン=リヴァイアサンはハラルトと別れた 後、彼を評した。 「私を犬と言うか。確かに私は犬だ…… しかし、 彼とて野良犬ではないか。従うべき主を持てない犬 ほど虚しい物はないと言うのにな……くっ。デーモ ン、何が……」      @     @     @ 『敵B艦隊、離れて行きます』  ウォン・フェイホーはこれに類する報告を聴くの は、出撃してから何回目だったろうかと考えた。  セレスに現れた3つの海賊艦隊は、防衛艦隊が押 せば引き、押すことを止めればジリジリと前進する と言う動きを続けて、互いの出血を最小限に押さえ ようとしているかのようだった。 『あっ、今回は本当に引くようです。A.B.C. 各艦隊、全て後退を続けています』  観測データを送っていた八十谷翔も、私情を挟ん だ報告を始めた。 「確かに……終わりのようですね。しかし今回の戦 闘は、先手を打たれ続けてしまったような気分です ね……」  ウォンは一回、ため息をついた。そして、同様の 反応を見せた者は少なくなかった。  とは言え。 「大っ勝利ぃぃぃっ!」  ミント・エレクトリアは、キャノピーの向こうで 光点に変わった敵艦に向かってVサインをしてみせ る。 「うーん。これもアタシのミント・レーザーやエレ クトリア・ミサイルの威力とスーパー・エンジェル・ ロールの切れ具合のおかげね」  ミントは満足げに頷いた。  この様な人間もいるのも事実であった。      @     @     @ 「ふうぅぅぅぅ……」 「お疲れさま」  CCICに帰還したラピッドにセリュースはねぎ らいの言葉をかけた。 「ふにゃあ〜。で、現状は?」 「基地には支障を生じるほどの影響はなし。詳しい データはシステムの完全復旧を待ってもらわないと ならないな」 「ああ。せやったなぁ〜」 「くすっ。ちょっと休憩してきたらどうです」 「ほな、お言葉に……」  ラピッドが休憩をしようかと思い立った時、電子 音が耳についた。 『ストラテゴ。燕龍茶号から反物質輸送船の搭乗員 を拾ったと報告が入りました』 「「……え?」」 『ストラテゴ?』 「反物質はどうなったんや?」  先ほどまでフニャフニャだったラピッドが真っ直 ぐ立ち上がった。 『海賊に強奪されたと……』 「なんと言うことだ……」  セリュースは鼻梁にシワを寄せる。 「とりあえず、燕龍茶号は船員たちをつれてセレス へ帰投するように。詳しい報告を訊きたい」 『解りました』  ラピッドはセリュースの指示を訊きながら腕を組 みながら考えた。 (今の攻撃は、このための陽動作戦やったんやろう か?) 「!」  さらに、突如レッドアラートが鳴り響く。 「今度は何や?」 「……ミサイルです。……60基以上の!」  必死にコンソールを操作していたオペレーターが 叫んだ。 「なにィ。迎撃システムは?」 「現在……稼働中」  その報告により、CCICに安堵の空気が入り始 めた。基地の迎撃システムが完全に稼働しているの ならば、単純なミサイル攻撃は全く心配はいらない はずだった。 「ふう。大丈夫そうやな……」 「……ええ。今回は……」  宇宙空間に核の花が咲く。セレス基地への命中弾 は一発もなかったものの、軌道上に起きっぱなしに なっていた物資の一部が蒸発したり、何隻かの宇宙 船がオーバーホールが必要なほどの被害を受けたが、 単純に使用された火力から言えば、信じられないほ ど軽微な被害だった。      @     @     @ 「ほふぅぅぅ〜。代用やないコーヒーはええなぁ」  ラピッドは、シャロンが火星から持ち帰ったコー ヒーを手にしてしみじみと言った。 「確かにコーヒーは火星名物ですが、有名なのは味 じゃなくて、生産量の方なんですけどね」 「ええんや。うちは謎のコーヒーっぽい飲料を飲む ことを考えたら、こっちの方が2億倍ましなんや」  ちょっとした幸せ。今月だけでも小さいことは催 眠ガス噴霧未遂事件(何者かが通気システムを使っ て催眠ガスを撒こうとしたらしい事件。その手の重 要なシステムには素人が手を出しても100%失敗 する)から、海賊のトロヤ群移動、反物質強奪、ベ スタ・セレスへの核攻撃と言った事件が起こり続け ていた。 「やっぱり、時々は気を抜かへんと60日経つ前に 過労死してしまうわぁ」 「その冗談は、あまり笑えませんね」 「ほーか? どんな最低な事やったとしても笑うた 方がええと思うんやけどなぁ〜」 「その意見を否定する気もありませんけどね」 「せやろ。とりあえずどんな形にしろ小惑星帯を奪 還、セレス基地の機能回復、めでたいことやないか。 おまけに映画撮影隊まで来るんやで。苦しいことだ けやなく、楽しいことに目を向けて生きてゆくんが ハッピーな人生を送るコツやで」 「私にとっては映画撮影隊も頭痛の種なんですけど ね」 「え〜。おもろいと思うんやけどなぁ〜」  なんだかんだ言いながらも、ふたりの会話は徐々 に軽くなり始めた。ほんの数分でも太陽超新星化や、 反物質を手に入れた機構軍の事を忘れる時間を持て ば、リラックスした心が次の瞬間に革命的な名案を 思い浮かべるかもしれない。やはり人生に息抜きは 必要なのである。      @     @     @ 「ふーん。これがフォート・アラモかい」  アラモは遠目には小惑星にしか見えない。ただ一 部から島3号型のコロニーと同じ様な形状の港湾ブ ロックが突き出ているのが目立った。 「いゃ〜。今回は凱旋ですね姐さん」 「やっぱり、そうかい?」 「当然でさぁ。宇宙船4隻と引き替えとはいえ。反 物質を持って帰ったんですぜ。これを成功と言わず して、何を成功と言うんでさぁ」  ホセが言葉を紡ぐごとに、ステラは笑みを濃くす る。  ちなみにシグは狐狩りの時に気張りすぎたのか寝 息を立てていた。 「よーし。アラモに着いたら朝まで飲もうじゃない か」 「へい。祝杯ですね」 「そう言うことさ」      @     @     @ 「花火屋は芳しい成果を上げませんでした」  大己はハラルトに報告した。 「ああ、当然だ」 「?」 「火力を失っていたベスタと違って、セレスには十 分な火力があったんだ、ばらまいただけのミサイル じゃあ、全て核だったとしても成果は上がらねぇだ ろうな」  ハラルトは掌を上にあげた。 「じゃあ、何故あんな事をしたんですか? まあ、 個人的には派手で嫌いではありませんけど」 「ああ、そう言うことだ。ありゃあ派手さを求めた 挑発だ。それに、ここまで運ばねぇ分のミサイルが もったいねぇしな。それにだ」 「それに?」 「これだけ馬鹿みてぇに撃ちまくったオレたちが、 反物質を手に入れたらヤツらは何を考える? オレ を無視できるはずがねぇだろうが。……つまり、そ う言うこった」  ハラルトは肉食獣の笑みを見せた。彼はまだ、戦 いに飢えているのだった。 「来いよ……ストラテゴ」 ―――――――――――――――――――――――