■No.08150「プレステル・ヨハンの軍隊」 GM:星空めてお イラスト:かねこしんや 担当マスター:いちごいちえ  このリアクションは選択肢150を選んだ一部の 方に送られています。 ─────────────────────── 《前回までのあらすじ》  小惑星帯から出発した、グローリアス・ヴィクト リアヌス二世王子の船『プレステル・ヨハン』号。  次の目的地はラウルのいるL4コロニーのロス・ア ラモス。  無事到着したと思いきや、ラウルは不在。歓迎部 隊の用意した式典に、礼儀を重んじる王子たちが出 席するが、それは機構軍の罠だった。  捕らえられた部屋の中で王子は、祖国がなくなっ たこと、ヴァンダーベッケンが機構軍の手に落ち、 父王が行方不明になったことを知る。  しかも、水星から戻って来たラウルは『王子の価 値がなくなった』ため、放免しろと言う。偶然の一 瞬をついて、やっとの思いで会えたラウルは、情け 容赦のない持論を突き付けた。  自分の浅はかさで、フェデレーションメンバーを 危険にさらした王子は、自分の無力さに深く落ち込 むが、友人の言葉で考えを改め、地球にいる父王を 助けるため、L5コロニーで補給を受けた後、地球に 行くことを決定した。  L4コロニーを出発した『プレステル・ヨハン』号 は、海賊に拿捕された。王子たちの旅路は再び危機 を迎えることになる。  海賊CAT'S YAWNに拿捕された『プレステル・ヨハ ン』号の船体にはアンカーが打ち込まれ、のろのろ と火星に向けて曳航されていた。  しかし、2基のエンジンが大破してから『プレス テル・ヨハン』号内で忙しく立ち回っていたのは、 機関士たちだけではない。  ツォン・ロン・浩一が最初にやったことは、周囲 を航行中の船に向けての救援信号の発信だった。あ らゆる回線を駆使して海賊や機構軍の妨害を出し抜 き、一刻も早く味方を呼ぼうと全霊を注いでいた。  スカーレットをはじめとする多くのメンバーが、 各人の情報端末などで、海賊船に通信を入れている のも彼にとって大きな助けになっている。  『プレステル・ヨハン』号とともに旅を続けてい た個人所有の宇宙船から入ってくる援護の申し出は、 手が放せないツォンの代わりにサンディ・プラスニ ーがが応対している。本当は、人工知能に『プレス テル・ヨハン』号の秘密のスペックを教えてもらお うと考えていたのだ。  しかし、残念ながらこの危機的状況に役立ちそう なシステムといえば、乗員を守るための生命維持シ ステム。そして、元々非武装船だったヨハン号に、 王子自身の依頼でつけられた、2基のレーザー砲だ けだった。この程度の軽武装は、戦闘用途に限らず、 非常時のためにほとんどの船に搭載されている。た だし、プレステルの紋章を持つ船としては、唯一の 武装船ということになるが。 『お姉ちゃん、こっちはアタイにまかしときな!』  そのレーザー砲の砲手はサンディの妹、ニディ・ プラスニーがかって出ていた。しかし、3つに分か れた三胴船のボディをカバーするには、正確な射撃 の腕をもってしても心許ないのは確かだったのだ。 『システムルームに提案があるんだけど』 「何だ」  やっと手の空いたツォンが機関室からの通信に応 えた。エンジニアの九剛宝と名乗るアルトの声が、 状況を報告する。 『あのさ、どうやってもエンジン1個でバンツー級 3隻分運ぶのは無理っぽいんだよ。メインのパワー アップはマモ……じゃなくて御門がやってんだけど、 効果あがんないみたいでさぁ』 「ぎりぎりで設計されてる宇宙船のエンジンを、ま たパワーアップするなんて、破壊活動とおんなじだ よ……で?」 『両端の2隻を切り離して欲しいんだ。さっき、ジ ュニアつかまえて言ったんだけど、聞くなりどこか に飛んで行っちゃうし』 「わかった。こっちで何とかする」 『両端にいる人たちを誘導しといてくんない? そ うしとかないとジュニアに申し訳ないからね』 「ああ。そっちは任せた」  ツォンが、TEAM BLUEのメンバーに切り離しの連 絡を取ろうとスイッチを切り替えた時だった。 「み、みんな!」  システムルームに飛び込んできたのは、グローリ アス・ヴィクトリアヌス2世王子、その人だった。 「機関士の方から緊急の依頼がありました!」 「聞いてますよ。船の切り離しでしょう?」 「は、はい! みんなにこの船に集まるように伝え てください!」  サンディが、王子の手を引いて自分の座っていた 席に座らせて言った。 「殿下。こういうことは殿下自身のお声でお知らせ しなくてはなりませんわ」  言いながら、自分の襟元のコムニーを王子の襟元 につけかえる。ツォンが艦内放送のセッティングに 切り替えて王子にうなずきかけた。      @     @     @  『プレステル・ヨハン』号内に王子の声が響きわ たった。 『皆さんに緊急のお願いです! “プレステル・ヨ ハン”号の両端の船を切り離さなくてはならなくな りました。急いで中央の船に避難してください!!』 「聞いた? 王子様直々のお願いですって!」 「よっしゃぁ!! 交通整理はアタイに任しときな!」  顔を見合わせたミマ・カーリエルと紅花梨はうな ずき合うと、それぞれゲストルームと連絡通路へ駆 け出して行った。 「王子、これだけ人が乗ってたら中央に乗り切らな いんじゃないのかい?」  由比ヶ浜・稔がコムニーで問いかけると壁のスピ ーカーから自分の声が聞こえてきて、驚く。 『そうですね……じゃあ、僕の部屋を少しでも広く 使えるように、生命維持に必要なものだけは残して、 あとはぜんぶ捨ててください!』  ゲストルームの方からかすかに重厚な音楽が聞こ えきた。祀夏生(まつり・なつき)のホビットから 「軍艦マーチ」の演奏が流されているのだ。 「ヘンです。似合わないです」  中央の船に向かいながら柚亜・ストームリーフ( ゆうあ・─)が彼を見上げて抗議すると、夏生は涼 しい顔で言った。 「こういう時、グルーヴは大事ですよ。お嫌なら、 ハワイアンでもいっときますか?」      @     @     @  火星沖を航行中にいきなり呼出音が響き、フェイ ドラのχ(カイ)がチャーリィ・フォクストロット の注意を促した。 『火星から通信です。発信者、アントニオ・ビアン キ。フェデレーション代表』  チャーリィは思わず身を竦めた。 「……モニターへ」  軌道要素や船の状態をトレースしていたモニター が、映像に切り替わる。ニュース・コンテンツでお なじみの若々しい顔が現れた。眉間に少し雲がある。 『チャーリィ・フォックストロット君は、きみかい? 』 「はい」 『火星所属のアタランテ改を小惑星帯から回航する と聞いたけど?』  予想通りの質問だった。  先月、火星から小惑星帯へ連絡したアタランテは 今、彼らが乗ったまま火星を通り過ぎてL5に向か っている。無断借用というヤツだ。 「その前に、どうしてもやらなければならないこと ができました。しばらくお借りします」  ビアンキがいっそう眉をひそめた。 『理由は?』  下手な言い訳をするつもりはなかった。簡潔に事 実だけを述べればいい。 「プレステル公国のグローリアス・ヴィクトリアヌ スII世を海賊から奪還します。現在の機構軍の動き などを総合して、王子を助けることにはそれだけの 価値があると判断しました。作戦にはアタランテの 機動力が不可欠です」 『……そう、判断したんだね? 君は』 「はい」  ビアンキが少し考え込み、やがて笑顔を見せた。 『なら、いい。アタランテ改貸与、許可するよ。た だし目的を達したら速やかに返却してほしい』 「わかりました」  スクリーンの中でビアンキは頷くと、顔の前に一 本指を立てて、少し声を低めた。 『それから、フォックストロット君』 「はい」 『事前にひとこと相談が欲しかったな。そうすれば わざわざこんな通信をする必要もなかった』 「申しわけありません」 『ま、今回はいいさ。気を付けてやってくれ。王子 様に、ビアンキがよろしく伝えてくれと言っていた、 と頼むよ』 「はい、必ず」  もう一度ビアンキが頷き、右手をちょっと上げて 片目をつぶった。スクリーンが暗転する。 『受信終了』  カイが告げて、チャーリィはようやくほっとした ようにシートにもたれた。 「……話のわかる人で助かる」  あとは王子を奪還する、そのことだけに集中すれ ばいい。  彼女は目を閉じて、作戦をもう一度検討する。完 璧を期すために。      @     @     @  プレステル・ヨハンの中央の船内では、由比ヶ浜 たちが、家具の撤去作業にいそしんでいた。  食堂の椅子やテーブルと言った比較的移動の楽な ものから順次撤去がはじまり、スペースを確保でき たところから、避難してきた乗員を受け入れるよう な体制に自然と作業は進行している。 「いざというときのために、シーツとかカーテンは 残しておいてね」 「はい」  雷音寺礼緒が、クローゼットの整理をするメイア ーナ・フランドルに声をかける。 「礼緒。我は熊猫(シュンマオ)号で王子を守る。 パン太のことを頼むのだ」  彼女の服を引っ張って龍飛飛(ろん・ふぇいふぇ い)が話しかけると、自分の一番の友達であるミニ パンダを礼緒に預けて、王子の部屋を後にした。 「やぁ、飛飛くんじゃないか。パン太が一緒じゃな いなんて珍しいねぇ」  のほのん、と微笑んで飛飛に声を掛けたのは拳王 院薬叉丸だった。 「薬叉丸……。わ、我は今とても厳粛的気分なのだ」  通り過ぎようとした飛飛の包衣の肩を、拳王院は つかんで圧し止めた。 「一人で行動するのは危ないよ。八角さんの作戦に 協力して欲しいんだがなぁ」 「別に我でなくても良いことなのだ」  言い捨てる飛飛に、拳王院は顔を近づけて微笑む が、目は笑っていない。 「飛飛くんでなければ絶対に成功しない作戦だと、 俺が思ったんだよ」 「……しょ、承知したのだ」  少し頬を赤らめて、猫熊号に向かっていく飛飛の 後ろ姿を見ながら、拳王院は呟いた。 「ちょっとクスリが効きすぎたかな?」      @     @     @ 「皆様、お揃いのようですね?」  エルマー級のコックピットで鹿村八角(かむら・ やすみ)が『プレステル・ヨハン』号の周囲に集ま ったフェデレーションメンバーの宇宙船に呼びかけ た。 『まず最初に、こちらから攻撃することは王 子の意向に添いません。他の皆様にも、こちらから 仕掛けることだけは御法度だと申し上げておきます』 『……ですって。お客様、どうなさいます?』  アオイ・オーガスタのエルマー級『アレグレット』 から、アオイとその客のやりとりが聞こえる。 『私は私の出来ることをするまでだ。このままでい い』 『では、メーターは継続ですわね☆』  八角が目で確認すると、『アレグレット』には、 一体のパワードスーツが係留されている。今回の客 はあれなのか、と納得した。 「こちらの作戦を通達しておきます。船内の移動が 完了したら、まず両脇の船をレーザー砲で切り離し ます。これによって『プレステル・ヨハン』号本船 は戦線離脱が可能となります。私たちはその補助と して、切り離した船を盾にして、少しでも海賊の攻 撃を避けようと考えています。早速ですがよろしく お願いいたします」  思わず周囲の船に頭を下げてしまう八角だった。      @     @     @  宇宙海賊CAT'S YAWNの回線には入れ替わり立ち替 わり、めまぐるしく通信が入っていた。  機構軍からの取引を持ちかける内容のものやウイ ルス入りのメール、『プレステル・ヨハン』号のフ ェデレーションメンバーからの説得や嫌がらせメー ルなど内容は実に様々だったが、海賊・キャプテン キャットの応対はにべもない。 『偶然だろうがなんだろうが、貴様らは俺たちの獲 物になったんだ。さっさと出すモン出して、楽にな りな』  ──とのことだ。ほれぼれするほど海賊らしい。  『プレステル・ヨハン』号のメインシステムルー ムで、海賊との和平を望んでいたメンバーの期待は あっさりと覆されてしまった。海賊は、『プレステ ル・ヨハン』号と金品での取引をいっさい断ってい たのだ。 「あなた方の要求は何なんですか?」  王子は強くこわばった面持ちで、キャプテン キ ャットへと問いかけた。  小惑星帯セレス基地で、短い間ながらも、心の通 う言葉を交わすことのできた次席ストラテゴ・セリ ュース。キャットは、その彼女を暗殺しようとした 犯人だという。 『貴様がグローリアス・ヴィクトリアヌス2世か。 俺たちの望みのモノは二つ。おまえとサヤ・スター リットの身柄だ』  その場にいたメンバーたちが愕然とする。  王子の身柄を要求するのは全員が何となく理解し ている。だが、何故サヤ・スターリットの名前が挙 がってくるのか? 『それだけで他の奴等の命が救えるなら安い取引だ ろう?』  海賊の要求の意外さに、王子の表情が弱々しいも のに変化する。かろうじて言葉を絞り出す。 「僕だけのことなら、承諾出来ます。けれど、フェ デレーション・メンバーに迷惑をかけることは出来 ません!!」 『そーか。それが最初の返事だな? じいさん、響、 ブルー。やんな』 『『『アイ・サー! キャプテン』』』  海賊の仲間らしい老人と少女の声が応える。 「あっちからちっちゃいのが3隻、来てるよぉ!」  アナビジョンとサイバーアクセスで、船の一部と つながっていたステイシア・ナルドレイクスカヤが 叫ぶ。言うことは抽象的だが、センサーのディスプ レイには正確に敵機が表示されていた。      @     @     @  鹿村八角をはじめとする船外活動チームは切断作 業と防戦の二手に分かれて活動していた。。  通路外壁に取り付いた『アレグレット』のパワー ドスーツがそのトレードマークともいえる斧で切り 込みを入れていき、ジャッキー機と樹千尋(いつき・ ちひろ)の『ルサールカ』がレーザーで焼き切って 行くという思い切りの良い戦法で作業をこなす。 『向こうの方が早いのだ』  龍飛飛が、ちょっとライバル意識を燃やしつつ独 り言を言う。八角と飛飛が受け持った方はやっと半 分程が切断出来たばかりだった。 『システムルームより、船外へ! 海賊が近づいて ます。動力部へ応援願います!』 『『了解!!』』  作業を追えたばかりのジャッキーと樹が、臨戦態 勢をとる。 『おーい、タクシー! こっちだ。回収してくれ』 『は〜いですわ』  アオイ・オーガスタが後方に流れていく船に向か っていく。 『本船エンジン、調整完了だそうだ』 『待ってください! 切断も後少しで完了です』  八角がシステムルームに答える。海賊のエルマー 級が視界に入るのを見て、言い直す。 『……そうだわ、エンジン点火してください! 引 きちぎりましょう!』 『エンジンルーム!』 『OK!』  エンジンに火が入り、中途半端な切断面がずれて いくのが見えた。飛飛と八角がわずかにつながった 部分にレーザーを当てていく。 『完了なのだ!!』  最後尾にひときわ明るい、暖かい光が宿った。  バンツー級単船となった『プレステル・ヨハン』 号が徐々に加速していく。 『私たちも、行きましょう!』  フェデレーションのエルマー級が船を追って身を 翻すと、後方から爆発光がきらめいた。 『バカモン! 甘い!!』  動き始めたエンジンに3機の海賊からミサイルが 叩き込まれたのだ。 『お主ら青二才の小細工など、とうの昔にお見通し じゃわい』      @     @     @  激しいノイズとともに女性機関士の叫びが艦内に 響いた。 『こちら機関室! 早く誰か来て! 機関士が一名 重体!! 核融合エンジン大破! 隔壁は下ろしたけ ど、手が足りない!!』 『よぉ。気は変わらないか?』  にやにや笑いで海賊が再度王子に問いかけた。 「僕を要求するのはわかります。だけど、無関係の サヤをどうして?」  逡巡している様子がありありと見て取れる。 『しらばっくれんなよ。貴様の父親のネイバーじゃ ないか』 「えっ?」  王子の顔から血の気が引く。自分が知る限りサヤ はそんな名乗りを挙げたことはない。第一、あえて 他人のネイバーを探ることは、普通の発現者ならタ ブーとする領域だ。  王子は海賊のやり方に言い様のない怒りを覚えた。 『俺たちが要求するのは、貴様ら二人だけだ。後の 奴等はどーでもいい。来る来ないは、貴様の勝手だ。 だがな』  海賊・キャプテン キャットの、冷たい女のよう な表情が一転して、ゲームを楽しむ男の表情に戻っ た。 『来なけりゃ、貴様は仲間を救う勇気も持ち合わせ てない人間だっていう証明になる』 「僕は……」  硬い表情のまま言いよどむ王子に構わず、海賊は 逆らうことを許さない自信たっぷりの語調で言葉を 続けた。 『準備が出来たら、船の外で待ってな。来ない時は 貴様もフェデレーションも関係なく、皆殺しだ』  言い捨てると、海賊は通信を切った。  王子は唇を噛みしめていた。友人たちを助けるた めに、友人を道連れにしなくてはならない。  考え込んでいた王子の目の前で通信の受信ランプ が灯る。 「殿下、どうか無茶だけはなさらないでください!」 「……サンディ。仕事を続けて」  取りすがろうとするとする彼女を席に座らせると、 王子は避難してきたメンバーたちの待つ自室へと向 かっていった。      @     @     @  すっかり片づけられた王子の自室には、緊張した 表情のフェデレーション・メンバーたちが王子を待 ちかまえていた。  真っ先に口を開いたのは、まだ包帯のとれていな いスカーレットだった。 「王子、わかっていますね? 海賊はあなたやサヤ を、王をおびき寄せる罠に利用するつもりなのよ」  王子は、無言でうなずく。 「海賊の言うことを聞く聞かないは別として、最終 的にあなたが王に接触を持つということは、王をか えって危険な目にあわせるという可能性は考えてい ますか?」 「父にも仲間がいます。僕は父や彼らのことを信じ ています」 「……お父様に甘えたいから地球に帰りたい、とい うのではないのですね?」  微笑みをたたえながら問いかけるスカーレット。 しかしその瞳までは笑っていない。穏やかな声の中 にはごまかしを許さない厳しさがあった。  王子に付き添うメイドの、メイアーナ・フランド ルが控え目な調子で続けた。 「グローリアス様は、プレステル公国の王子なので すから、第一に国のことを考えるべきです。最近の 王子は、何かにとりつかれたような何でも、かんで も手を出そうとしているように見えます」 「……そう……ですね」 「すみません。でしゃばりました」 「いいえ。僕……は、あなたを尊敬します」  王子の顔が紅潮してきた。しかし、その表情から 怒りは読み取れない。彼はよく落ち着いている。彼 の気持ちを高ぶらせているのは…… 「……甘えの気持ちが、全くないと言えば嘘になり ます。それに、焦ってもいます。ぼくの心のどこか には、子供でいたい気持ちがある。でも……僕は決 めたんです。あの人を、助けに行くって」  だんだんはっきりと話し出す王子に、彼らの視線 が注がれる。  たどたどしくも、王子は言葉を続けた。 「デーモン・ラウルさんから、ロス・アラモスを追 い出されたとき、僕は、死ぬほど悔しかった。父を 馬鹿にされたと思ったから。でも、その通りなんで す。僕の帰るべきプレステルは、もう、なくなった んだ……」  あきらめるな、まだ間に合う、王子がいれば── そう声をあげる者がいた。しかし王子は目を伏せて、 首を振る。 「プレステルはよい国です。人々が、みな心を一つ にすることができる。若い国だからだ、と、よく父 は言っていました。その彼らが、今、王も王子もい らない……そう決めたんです」  言いたいことは、あった。  しかし王子の口調には、それを許さない決意がこ もっていた。 「でも……でも、たとえ、国がなくなってしまって も、誇りまで失うわけにはいきません。たしかに僕 は、王子であることにこだわっている。あの人の血 を継いだ人間であることに!  かけがえのない一人の人間を護ろうとすること。 それは、いけないことでしょうか。今まさに海賊に 狙われているけれども、僕は……僕は自由です!  自分を犠牲にしても、大事な人を護りたいという気 持ち、それはいけないことでしょうか?」  王子の問いが船内に響いた。  一人の男がその問いに答えた。 「いけなくはない。君の生き方は、君自身が選ぶこ とだ。誰にも決めることはできん」  武闘家にして演劇者でもあるロボは、口調こそ普 通なれど、その特徴的な演技がかった声音で言った。 「君は、その持ってうまれた格と血──運命といっ てもいい──で、他人からの信頼と愛情を得ること ができる。だが、それを墓場まで持ち込もうが、全 てドブに捨て去ってしまおうが、それは構わない。 結局、選び、傷つくのは、君自身に他ならないのだ から。観衆の心ほどうつろいやすいものは無い……」 「あなたは、王族としての責任を、軽視していませ んか?」  と、メイアーナ。 「……おそらくは。いや、すまない。俺こそでしゃ ばりすぎたようだ。こんなつもりではなかったが。 無粋な口出しをした」  頭を下げ、その場から去ろうとするロボにむけて 王子は強く言った。 「ロボさん! 僕は、あなたからも学びました。他 人と深く関わろうとすることは、そこに宝物と後悔 を、同時に見出すことなんだと」 「……」  自重したのか、ロボはあえて背を向けたまま黙っ ていた。 「ロボさん。僕は、これからもずっと間違い続ける と思います。後悔から逃げられることは、絶対にな いでしょう。でも、僕は、何かした時にする後悔と、 何もしなかった時にする後悔ならば、行動した時を 選びます」      @     @     @  フェデレーション籍のエルマー級輸送船『スレイ プニル』号の貨物室からマギー・コアロッホの悲鳴 が、船長のリサ・ランドールのコムニーに届いた。 「マギー?」 『……』  すすり泣きの声が聞こえてくる。明らかに様子が おかしかった。 「君江、見てきてくれる?」 「いいよ、リサちん。ついでに慰めてきてもいい?」 「……アタシの船の中でなにしようっての?」  リサにとって、マギーは大事な『積み荷+α』だ。 「じょ、冗談だってばぁ。もー」  リサの裏世界モードの凄みに少々引きながらも、 とりあえず貨物室内の確認を急ぐ川波君江だった。      @     @     @  船の外では海賊たちとの戦闘が続いているようだ。 時折、かすかな揺れを感じながら、『プレステル・ ヨハン』号の乗員たちは船外の仲間の無事を祈って いた。  もへんじょ太郎は、サヤ・スターリットの様子が 気がかりだった。スカーレットと王子のやりとりを 見ていた彼女が突然苦しげな表情を見せたのだ。い やいやをするように激しく頭を振ると、怒りのこも った目で虚空を見つめている。 「グローリアスくん! サヤがおかしいのだっ!」  ぐったりとしたサヤを、新島陽子と太郎の二人が 支えていた。  彼女たちの許に王子が近づいてきた。今度王子に 会うときは絶対に笑顔で、と誓った陽子だったが、 自分の腕の中のサヤを見ていると涙がこぼれそうに なるのを我慢するので精いっぱいだった。 (変な顔に見えてないよね? 太郎くん)  機関室から、怪我人の収容に向かった拳王院たち がシーツの固まりを抱えて戻ってきた。部屋の中の ものにヴァレリアが呼びかける。 「ベッドを空けておくれ!」  染みだしている血痕の大きさがその機関士の怪我 の酷さを物語っていた。  拳王院が静かにシーツをはがすと、生乾きの傷に しみるのか弱々しいうめきが聞こえる。 「もうちょっとだよ。我慢しなよ」  患者のエングラムにヴァレリアが自分のエングラ ムを重ねる。患者の呼吸が段々と落ちつくのをみて、 ヴァレリアはほっとした。 「転写しといてよかったよ」 「『モルフェウス』ね?」  礼緒が患者の横で無菌バルーンを膨らませながら 周囲に呼びかける。 「誰かこの子押さえといてくれる? 無重力で手術 なんて一人じゃ無理だわ」 「もう一肌脱ごうかねえ」 「私もお手伝いしますわ」  ヴァレリアが当然のようにベッドに上がると彼女 に続いて黒髪の男が自分の医療用キットを持って上 がり込んだ。彼がベッドの周りにカーテンをめぐら せると、簡易手術室での手術が始まった。  太郎が、サヤの姿勢を整えてやると、彼女は自分 のワープロに指を置いていった。 『ジュニア……サヤは、一緒に行くから』 「でも、君は……」  うなずいたサヤの大きな瞳の中に、今まで見せた ことのない激しさが秘められていた。  何が一体彼女をここまでにしたのか陽子にも太郎 にも想像がつかなかった。ただ、サヤの言葉が王子 から思い詰めた感じをぬぐい去ったのは確かだった。 「……ありがとう」  自力で立とうとするサヤを太郎と陽子が左右から 支えてやる。 「ツォンさん。聞こえますか? 海賊に僕とサヤが 出ていくと、伝えてください」  船の中のメンバーたちに重苦しい空気がのしかか った。  システムルームで海賊に連絡を取るツォンの声を 聞きながら、『プレスター・ジョンの伝説』はやは り空想でしかなかったのかと、サンディ・プラスニ ーは空虚な気持ちになってしまった。      @     @     @  本多灯(ほんだ。あかし)はエアロックで、船外 活動用の宇宙服を王子たちが着込むのを手伝いなが ら、気になっていたことを伝えようとしていた。 「殿下、自ら武器をふるって相手を傷つけることを 恐れないでくださいね」 「シスター……」 「殿下が自分の生き方を変えるのも、今まで通りの ことを守り続けるのも選択肢の一つです。迷うこと も後悔することも、恥ずかしい事じゃないんです」 「……」  サヤの宇宙服を合わせながら、陽子たちも聞いて いた。 「大切なのは、その選択肢を選び取ったのが、自分 自身だと忘れないことです」  半ば自分自身に言い聞かせるように語りかけてい る灯であった。 「うん。ありがとう、シスター」  また一人、エアロックに人が現れた。 「王子……死んだりするなよ。生きていてくれよ」  闇家龍武が王子に言う。 「君の命は君一人のものじゃない。生きていくため に、守るために、殺さなくてはいけないこともある。 それを解っておいてくれ!」 「そうならないことが本当は一番良いんだろうけど」  王子は、エアロックにいた何人かの見送りの顔を じっくりと眺めた。 「グローリアスくん、サヤの方は準備完了だよ」  陽子がサヤの手を取って、王子の手としっかりつ なぎ合わせた。 「僕にもお願いします」  王子に促され、灯がヘルメットをかぶせる。 「それでは、行って来ます」  エアロックにいた見送りたちが船内に戻り、王子 とサヤは宇宙へと漂い出ていった。  『プレステル・ヨハン』号の命綱から、海賊のエ ルマー級のケーブルへと付け替えさせられ、グロー リアス・ヴィクトリアヌス2世王子とサヤ・スター リットはキャプテン キャットの乗るバンツー級海 賊船へと運ばれていったのだった。      @     @     @  システムルームのステイシアが叫ぶ。 「海賊船から、何かいっぱい撃って来てるよ!」 「王子が手にはいったら、俺たちは用済みか。悪党 らしいな」  ツォンが感情のない声で言うのに、砲座からニデ ィが怒鳴り返す。 『んなこと言ってる場合かよ!! お姉ちゃん、座標 くれ。当たらせるか!!』 「わかったわ」 「八角!」 『もう動いてます!』 「……えぇ? 何? 知らない船が近くに来てる!」  ディスプレイに映し出された鈍く輝く紅の船体は、 滅多に見ることの出来ないSG(スペース・ガード) 最新鋭の小型反物質船アタランテ改級だ。  撒かれたミサイルやダミーのデプリを援護射撃で 一掃していくと、『プレステル・ヨハン』号に身を 寄せる。 『こちらは『グングニル』艦長、チャーリィ フォ ックストロット。次席ストラテゴ暗殺未遂のキャプ テン キャット捕獲のため『プレステル・ヨハン』 号を援護する』 「!……ありがたい! 王子と国王のネイバーが海 賊船にいる! 彼らの救出を頼む!!」 『了解。まずはこちらの機関士をエンジンの修理に 当たらせる。接舷許可願う』 「解った!」  ツォンが珍しく勢い込んでしゃべる。王子の申し 出とはいえ、海賊に王子を引き渡した責任を感じず にはいられなかったのだろう。  手早く機関士を降ろすと、『グングニル』が周囲 の船に呼びかける。 『直ちに海賊船を追跡する。個人所有船の協力をお 願いする』 『よしっ!! みんな!』 『『おうっ!!』』  逃亡していく海賊船を追って『グングニル』が加 速した。対消滅機関の加速はこの場にいるほとんど の人間が初めて目にするものだった。 『ゲっ、化けモンじゃねぇか!』  ジャッキーが嬉しそうに叫ぶと、エングラムイン ターフェイスに左腕をつっこんだが、いつもより少 しだけ、立ち上がりが遅い。 『?……こっちも全速力で行くぜぇ!』 『宇宙(うみ)の男、キャプテンチー坊! 出撃す るぜ!』  取り残されたエルマー級たちもアタランテ改級に 続けとばかりに発進していった。 『『プレステル・ヨハン』号? こちらは『スレイ プニル』号リサ・ランドール。ご注文の物資をお届 けにあがったわ!』 「な、なな? どこから出てきたの?」 『あっはぁ。ごめん。今回はステルス仕様なのよね』  センサーのどこにも移っていない『スレイプニル』 号を探して慌てるステイシアに、リサが答える。 『厳しい状況みたいね。こっちも物資はたっぷり準 備はしてきたから頼りにして!……接舷していいか しら?』  サンディがツォンに問いかけるような目を向ける。 黙り込む二人の間に鹿村八角から通信が入った。 『大丈夫です。この方は八角がお願いした方です!』      @     @     @  『スレイプニル』号から物資とともに降ろされた マギー・コアロッホは、自分の友達のサヤが王子と ともに海賊のもとに行ったことを聞かされて少なか らずショックを受けていた。 「大丈夫だよ! スペースガードがついてるもん! 二人とも無事に戻ってくるよ」  リサから聞かされていた、地球突入作戦「高氏」 メンバーのレイリ・笠原がマギーに話しかける。 「そう信じたいのですけれど……」  いつもなら自分と同年代の者には馴れ馴れしいく らいの態度をとるマギーなのだが、今はとてもそん な気分にはなれなかった。  マギーは自分の見た幻覚を思いだして深い嫌悪感 を催した。  彼女はスレイプニル号の船倉で、遮断しようとす るサヤに、無理矢理接触する海賊の姿を見たのだ。 その海賊こそは、自分とサヤを結びつけるもう一人 のネイバーだったのだ。  『プレステル・ヨハン』号と『グングニル』の機 関士たちは、完全にスクラップと化した機関部を修 理することは不可能だと判断した。  リサ・ランドールが持ってきた代替のエンジンを 乗せるべき台座から無惨に爆破されているのだ。航 行可能なレベルに戻すよりも、周囲の船に曳航して もらって手近な宙港のドックに入ることが一番早い 解決法だという結論になった。  本船の防御に回っていた船たちから、細いワイヤ ーが『プレステル・ヨハン』号につながれた。  『プレステル・ヨハン』号のフェデレーションメ ンバーたちは王子の無事を祈りつつ、一足先にL5 コロニーへと進路をとった。      @     @     @  アタランテ改級に遅れること10数分後、ジャッ キー・ミケランジェロたち、フェデレーションのエ ルマー級が援護に到着することが出来た。 『グングニルはバンツー級内の海賊と交戦中! フ ェデレーション籍のエルマー級は、船外の敵機の動 きに注意して!』 『わかった!』  ジャッキーの先天的な運動能力と「サイバーアク セス」で操られたオレンジ色のエルマー級は海賊の バンツー級の砲手を見事に撹乱していた。  樹千尋の『ルサールカ』がバンツー級に突っ込む と見せかけて、手前方向転換すると同時にデプリを 放出する。樹の知人から預かったコレクションのレ アメタルが、バンツー級のレーザー砲に予想以上の 損傷を与える。我ながら戦法の有効さに驚いている 樹。しかし、戦場ではこの一瞬が命取りだった。ル サールカの前方に、海賊のエルマー級が飛び出てき た。 『お若いの、命は大切にせえよ!』  樹の頭の中でパイロットの老人の声が自分の相棒 の声とだぶって聞こえた。着弾の衝撃に後悔しても すでに遅い。樹は帰ったら彼に言おうと思っていた 言葉を心の中で呟いた。 (ごめんよ。エール……) 『バンツー級内の海賊が小型船で脱出をはかってい ます。……王子を発見しました!』  遅れてやってきた、アオイ・オーガスタの『アレ グレット』が、パワードスーツをバンツー級に取り 付かせることに成功した。 『お帰りの際も是非『アレグレット』をご指名くだ さいませね☆』 『ああ……おい、ちょっと待ってくれ!』 『はい?』  パワードスーツが飛び立った先には脱出用のポッ ドが漂っていた。 『誰か入ってるぞ! グングニルに届けてやってく れ。もしかしたら海賊かもしれん』 『わかりましたわ』  輸送用のケーブルでポッドを取り付けてもらうと アレグレットは、アタランテ改級にむけて発進した。      @     @     @  『プレステル・ヨハン』号の中でアルファ・バー タ・ガヌマのエングラムが突然輝いた。遮断されて いるものだと思っていた彼は、ネイバーの想いをも ろに受けとめてしまい、そのままばったりと倒れて しまった。  海賊船の中では『グングニル』の突入部隊が海賊 を駆逐しつつあった。  バンツー級につながるエルマー級のコックピット に上半身裸の男が王子を抱えて乗り込もうとしてい るのがスペースガードのカイン=アールフィードの 目に入った。発砲してくるのを避けて、ハッチの陰 から中をうかがう。 「は、放せ! 無礼者!」  場違いなセリフを叫びながらもがく王子が、エル マー級のボディを蹴った弾みで、海賊と王子はエア ロックの床に落下した。  王子はうまく身体をさばき、掴もうとする海賊の 腕から抜け出て立ちあがったかに思えた。 「あっ!」 「バカか、てめえは?」  だが転がった姿勢のまま、海賊は王子の足を掴ん でいた。王子はたやすく転ばされてしまう。 「バカいびるのって、面白れーなぁ!」  海賊が、いたぶるように王子の背面に数回ケリを 入れる。 「子供相手に、なんたる卑劣な行為! 許さんでご ざる!」  頭に血が上ったカインが、獲物のカタナをふるっ てエアロックにおどり込んだ。 「うるせーんだよ!!」 「!!」  海賊のピストルが火を噴き、至近距離からカイン の腹部に弾丸が叩き込まれた。 「何もたついてんだ! 待ちくたびれたぜ!」  エルマー級のコックピットから仲間の海賊が怒鳴 る。裸の海賊は血に酔った声で仲間に言った。 「行きたきゃ勝手にいけよ! 楽しませろ」  床に倒れ伏カインの体の周りに、じわじわと血が 流れ出す。  逆さまに掴まえられていた王子が、海賊の支える 手が片手になったところを見計らい、その腕を蹴っ た。  反動で両者は吹き飛ぶ。  立ち上がった王子が、足元に転がる熱くなった銃 身を奪い取った。海賊は不敵な態度で王子に言い放 つ。 「けっ! 撃てるモンなら撃ちやがれ!!」  王子は実銃の重さに戸惑いながら、即座にそれを 構え、相手を牽制しようとした。しかし、海賊の足 に蹴り落とされてしまう。  王子の動きは俊敏だった。それ以上に海賊の動き が、早かったのだ。  海賊は取り返した拳銃で、王子の足元を撃った。 「さあ、どうするよぉ? 命ごいでもするかぁ?」  にやにや笑いで近づいてくる海賊に、気圧される ように後ずさる王子だったが、倒れているカインの 体が自分の踵に触れると、戦慄を感じた。  床に張りついた血で、磁力靴がすべった。 (まだ、息がある)  王子は、はっとした。倒れたカインはまだ生きて いる。  手当をすれば助かる。 「ビビったついでに、泣いてみな! オラ!」  王子は、腰の短剣へと手をのばしていた。  凛とした輝きが、王子の瞳に宿った。  短剣を抜くがいなや、王子は滑るような足どりで、 逆に海賊へせまった。 「こいつッ!」  海賊は一瞬、虚をつかれたように飛び退いたが、 すぐに銃の背を使って、剣の刃を避けた。  海賊の裸の胸には、うっすらと血の線が浮かんで いる。 (もっと遠く! あの人から、海賊を引き離さなく ては!)  銃をかまえる隙を与えず、王子は突進した。  しかしそのはずみで、磁力靴が床から離れた。  浮き上がった王子の顔に、拳銃の柄が入った。  火花のような痛み──だが王子は決して剣を離さ ず、力の限りの突きを繰り出した。 「ぐぁっ!?」  潰れるような声が頭上から聞こえた。王子が思わ ず顔をあげると、海賊の凄惨な笑みが間近にあった。 「純情ぶったガキのくせに……やりやがったな……」 「あ……あ、ああ……」  海賊の口から血が溢れ、呟くように動いた。  王子は、蒼白な顔で、その命がなくなる瞬間を見 届けていた。かろうじて立ってはいるが、全身にお かしな風に力が入っている。今頃になって、短剣を 支えた両手がガクガク震え出すのを、王子は止める ことができない。  仲間が倒れたのを見てとると海賊のエルマー級が 発進した。王子の背後から、援護に駆けつけたSG たちがあらわれた。 「ドクター!! カインがやられちまった! 出番だ ぜ!」 「王子、ご無事ですか?」  背の高いモンゴロイドのSGがサングラスの奥の 目線を王子に合わせて声をかけた。王子のうつろな 目がゆっくりと彼に焦点を合わせていく。  帰れる、と思った瞬間、今まで出会った人たちの 顔が思い出された。  恐怖と歓喜、深い悲しみや怒り。愛情と尊敬。  そしてすべてを覆いつくさんとする、黒く……重 い……感情。 (僕は……人を……この手で……!)  声なき叫びがほとばしった。  固く握りしめられた手のなかで、血に濡れた剣が 光る。いくら望んでも、それが手から離れることは なかった。  無理矢理に肺から息をひきしぼった王子は、強く 咳き込み、嘔吐感にさいなまれた。  だが、王子の目からは決して涙がこぼれることは なかった。  泣いてしまうことは、自分を守って死んだ母を冒 涜する、恥ずべき行為だからだ。 『涙でくもった目には、真実を映すことはできない』  たった一度だけ、父に聞かされた亡母の言葉は、 いつしか王子の譲れない信念となっていたのだった。      @     @     @ 『王子を保護しました! これよりグングニルメン バーをアタランテ改級に接収します』 『ってことは、王子はまだあの中にいるのか?』  ジャッキーはバンツー級の陰から出てくる海賊の エルマー級を発見した。あろう事か今まで乗ってい たバンツー級にミサイルを撃ち込んでいる。 『やっべーよ!』  急いで、間に割り込んだ。自機の背後に大破した パワードスーツの破片が見える。相手にレーザーを 放ち、すかさず離脱しようとした。しかし、エング ラムインターフェイスは何の反応も見せなかった。 『やめろぉぉおおおッ!!』  パニックに襲われて、思わず絶叫する。  海賊がコックピットのジャッキーに向かって最後 のミサイルを撃ち込んだ。      @     @     @  スペースガード『グングニル』と『プレステル・ ヨハン』号のメンバーの協力で、大きな犠牲を払い ながらも、グローリアス・ヴィクトリアヌス2世王 子は、海賊の手から取り返された。。  突入部隊のSGたちの捜索にも関わらず、バンツ ー級内にサヤ・スターリットの姿はなかった。  だが、嬉しいニュースは意外な場所からもたらさ れた。 『リュイ! 王子様に伝えて! サヤ・スターリッ ト嬢の身柄は本艦にて保護していますって!』  海賊がサヤを隠していたのは、アオイ・オーガス タが『グングニル』に運び込んだ脱出用ポッドの中 だったのだ。  『グングニル』はその俊足で『プレステル・ヨハ ン』号にサヤと王子を届けると自分たちの仲間の機 関士たちを迎え入れた。  王子に火星行きを勧めていたチャーリィ艦長だっ たが、王子の意志を知ると、L5コロニーのコート ダジュールへの曳航を補助してくれたのだった。      @     @     @  中立地帯といえるL5コロニーは、海賊に襲われ、 傷ついた『プレステル・ヨハン』号を同情すら以て 迎え入れてくれた。  しかし、だからと言って、地球までの足が確保さ れた訳ではない。 「前払いで結構です」  往還機の申し込み窓口の受付嬢は、恭しく王子に PDC(パーソナル・データ・カード)を返しなが ら、目を伏せた。 「ぐ、グローリアス・ヴィクトリアヌス2世様です ね?……た、大変申し上げにくいのですが……この カードは、そのぅ、既に…………」 「あ! そ、そうか。す、すみません……」  彼女の言いたいことを感じとった王子の顔は、悔 しさと恥じ入る気持ちで紅潮していた。  それを見ていた取りまきたちが、自分たちのカー ドを持って窓口に殺到する。 「私も同乗者だからね! これも足してくれ!」 「アタイのお小遣いも使っていいよ!」 「俺も乗る!!」 「ボクも!」 「あたしも〜!」  一斉に何十枚ものPDCを目の前に突き出された 受付嬢が目を白黒させた。 「……み、みんな! ありがとうございます!!」  受付カウンターに押しつけられながらも、王子は 自分を思う仲間たちの気持ちに大きな声で感謝を表 した。  その後も色々と苦心して手配した往還機が、地球 に出発するまでの数日間を、王子たち一行はコート ダジュールで待たなければならなかった。 「皆さん。今まで頼りない僕を助けてくれて、本当 にありがとうございました」  観光地らしい賑やかな宙港のロビーで、王子は大 勢の同行者たちに丁寧な一礼を捧げた。 「往還機が整い次第、僕は地球に行きます。けれど、 皆さんにはもっと大事な事があるかもしれません。 ……僕は、ここで皆さんとは一旦お別れをするべき だと考えました」  王子の言葉は、今まで一緒に旅を続けてきた者を、 充分驚かせるものだった。 「王子、この数日間どこで過ごすつもりなのだ?」  ミニパンダのパン太と無事な再会を果たした龍飛 飛が、口を開いた。  王子がはっと何かに気づいた。  王子はもとより、往還機代をカンパした者たちの ほとんどが、無一文に近い状態になっていた。  滅多なことで人に懐かない飛飛が自信たっぷりに 笑いかけた。 「それなら、我が家の別荘が空いているのだ。地球 に行くまでなら、皆も招待してやるのだ」 「いいんですか?」  周囲のみんなが意外そうに中国風のお姫さまのよ うな彼に感謝の目をむけた。 「あ、あまり……見るな。照れくさいのだ」  もしかしたら、飛飛はこの大所帯の人々には少し づつ心を開いているのかもしれなかった。      @     @     @  宙港施設からコロニー内部に入った者たちは、人 工風に混じる潮の香りに、久しぶりの安息の時を見 いだしていた。 「──リゾート・コロニー、コートダジュールの一 番の見所は、広大な人工海と美しい人工砂浜。  さんさんと降り注ぐ太陽光と、青と白のコントラ ストが、夢のように美しい思い出をあなたに提供す ることでしょう──だって!」  パンフレットを音読する川波君江が、相棒に目で 遊びたい、と訴えかける。  リサ・ランドールはひしひしと伝わってくる誘惑 を、仕事への熱意でねじ伏せて答えた。 「何言ってんのよ! もう一仕事あるでしょ!」 「それはリサちん一人でもだいじょーぶじゃん。ア タイは八角ちんと思い出づくりしたいなー」 「……ほほぅ?」  関節をごきり、と鳴らすリサ。依頼主のアルベル ト・鷹村との約束が迫っているのだ。有無を言わさ ず、君江を宙港へと連れていった。  宙港の『スレイプニル』号のつながれている場所 には、すでにアルベルトと、今回の作戦に腕をかわ れた桃花御剣(とうか・みつるぎ)が待っていた。  リサは早速2人を『スレイプニル』号に取り付け られた頑丈そうな脱出ポッドに乗せた。  地球潜行作戦「高氏」の先行部隊である2人の任 務は、地球への亡命者を装って、プレステル公国の 本国へ入国することだった。 『それでは、出発します。機構軍の監視もあります から手早く終わらせますが、荒っぽくなっても悪く 思わないでくださいね!』  出発のショックでポッドがぐらりと揺れた。 「だ、だいじょうぶなんでしょうか?」  アルベルトが心配そうに天井を見上げると、桃花 は底意地悪くニヤリと笑った。 「隊長お〜、しっかりしなよぉ。大丈夫だって!  機構軍のど真ん中に落っこちるとか、すぐ正体がば れちゃうとか、そんなわけないじゃん!」 「ふ、副隊長、またそんなことを……」 『まもなく射出します! ご幸運を!!』  ぐん、という抵抗を感じたと思った直後、ポッド の中の2人は、強烈なGを感じた。空気を切り裂く 音を聞きながら、歯を食いしばって降下の衝撃に耐 えるのだ。 (面白いことになってきたねぇ!)  きつく目を閉じている桃花だったが頭の中は段々 と冴えてきていた。      @     @     @  中立地帯L5コロニーに一つの衝撃的な事件が起 こった。先月グワイヒア級戦艦『シャドウファクシ』 を奪ったテロリストたちが、コロニーの一つである 『タイペイ2』内で核爆弾を使用するという、残虐 な方法で民間人を殺戮したというのだ。 「ひどい……太陽超新星化を防ぐ『シルマリリオン』 が発動されて、いまこそネイバーが手をとりあわな きゃいけないときなのに……」  花織奏がマルチウェブのニュースコンテンツを繰 りながら眉をひそめる。 「どちらにしろ、リアスちゃんが言うとおり、自分 にとって大事な物のために生きなくちゃなりません わ☆ だって、超新星化の目覚ましのベルはみんな の上に等しく鳴り響いているんですもの」  アオイ・オーガスタの口調はいつもとそんなに変 わりがなかったが、その表情は、なんとなく暗い陰 を感じさせていた。  彼女と宇宙でコンビを組んでいたパワードスーツ の客は、海賊との戦いで死亡していたのだ。      @     @     @ 「太陽かぁ……こういうシュチュエーションだと、 ずっと保ちそうな気がしてきちゃうんだよなぁ……」  広い砂浜に寝ころんで太陽の暖かさを満喫する、 由比ヶ浜・稔の傍らを美しい少女が軽やかに駆けて いくのが見えた。 「ユウ! 来て!!」  ふわふわとなびく豊かなプラチナブロンドの髪を 掻き上げて、離れた場所にいる黒髪の少年に向かっ て無邪気に手を振る。一番の特徴ともいえるきつそ うな目元は、恋する乙女の甘い表情に加えられた絶 妙のスパイスと見えなくもない。  真っ赤になって照れている彼の背中を、年かさの 友人らしい白衣の男が後押しするように小突くと、 少年は彼女の側に、ゆっくり駆け出していった。 「きれいな人ねぇ……でも、どこかで見たような気 がするんだけど……」  海岸線に程近いテラスで彼らを眺めていた梢場美 芹(こずえば・みせり)は、グラスの脇に置いてあ ったホビットのコンテンツを探った。 「え、えぇ〜〜っ?」  彼女が驚いたのも無理はなかった。  海岸で少年と戯れる恋する乙女の正体は、デーモ ン・ラウルのクローン、ヴァレリヤ・ハチャトゥリ アンそのものだったのだ。 「でも……画像よりずっとお姉さんになってるよ?」  美芹のホビットに映し出された一ヶ月前のヴァレ リヤの姿をのぞき込んで、石動るみな(いするぎ・ ─)が不思議そうに海辺のカップルを見比べていた。      @     @     @  往還機の発着ロビーにやってきた王子は、多くの 仲間が自分を待ちかまえているのを見て、思わず歩 みを早めた。 「み、みんな! いいんですか? 本当に?」 「何だか、待ってちゃいけないみたいだね?」  不破大地(ふわ・だいち)が軽い皮肉を言うと、 王子は赤面して否定した。 「ち、違います! 僕と一緒に地球に来てくださる 方がこんなにいるなんて……驚いているんです」  ルーシェ・ルクスターナがいたいけな瞳で王子に 言い募る。 「だって、王子はぼくらを友達だと信じてるんだろ う? ぼくは、困ってる友達を見捨てるなんてでき ないよ!!」  王子は、みんなにうなずきかけると、歩き出した。 「行きましょう! 地球へ!」      @     @     @ 『大気圏突入準備完了。シートベルトをご確認願い ます……』 (地球に降りたら、プレステル本国で新政権樹立だ ね! 王子には悪いけどしばらくはお飾りになって もらって……、アルベルトおにぃちゃんたちがきっ とうまくやってくれてるよ!)  レイリ・笠原が往還機の窓から近づいてくる地球 の表面を眺めていた。 (アフリカ大陸……あった! おにぃちゃんたち、 どこにいるのかなー? あれ? あの光……)  窓にトレードマークの広いおでこをくっつけてあ れこれと想像を膨らませていたのを途切れさせたの は、軌道衛星からの無差別攻撃だった。 「!!」  光はレイリに向かってまっすぐ飛んできたように 感じられた。  攻撃と大気圏突入の衝撃が往還機を襲った。  ショックから自分を取り戻した、タチアーナ・ボ ドゴルナヤが、自分の隣に座っていた少女をみやる と、穴の空いた機体から紙切れのように飛んでいく ヒトらしきものが見えた。  攻撃に傷つき制御の困難となった往還機は、眼下 の太平洋をあっと言う間に見送り、アフリカ大陸上 空へと降下していった。 ───────────────────────