N98『星空までは何マイル?』プライベートリアクション ■No.08150G「Gungnir発進」 GM:星空めてお 担当マスター:風花 綾  このプライベートリアクションは選択肢150 を選んだ人の内、一部の方に送られています。 ──────────────────────  彼女が足を踏み入れたとき、意外なことにそこ は無人ではなかった。  小型艇にしては広い艦橋に、操縦・通信などの 役割ごとに設計された十二のシートが絶妙に配置 されている。あくまで機能性と効率を追求した結 果ではあるが、ある種の芸術的感慨すら喚起させ るのはその船の特殊性ゆえだろうか。  彼女、チャーリィはたった一つ埋まっている操 縦席へと体を浮かせた。  本名シャーロット・フォックストロット、25歳。 自らを「チャーリィ」と愛称で呼ばせる彼女は、 しばしば美少年と間違われることがある。スレン ダーな体躯と鋭い美貌のせいであろうが、それは マサイの血をひく黒い肌に映えるオレンジ色の口 紅が可哀想というものだろう。まぁ、本人は慣れ てしまっているので嘆息の元にしかならないよう だったが。  操縦席には新たな装置が取り付けられていた。 いや、取り付けているところと表現した方が正し いだろうか。シートに身を沈めた人物は、いかつ いゴーグルのようなその機材をつけたままコンソ ールに指を走らせている。 「有須川」  作業中の人物は一瞬動きを止めた後、すぐに作 業を再開した。気がつくと、コンソール脇のサブ モニターにチャーリィ自身の姿が映し出されてい る。艦橋に設置された内部カメラの映像に見える が。 「チャーリィか。こんなところにいるほど暇だと は思わなかったがな」  モニター内の映像が様々な角度に切り替わる。 コンソールの操作と無関係に動いているところか ら見てサイバーアクセスによるものだろう。活性 率が低いうちは大したことができないと言われる が、端末を支配する程度なら可能である。それを 示唆するように、操縦席のエングラムインターフ ェイスからゴーグルにケーブルが接続されていた。 「χ(カイ)に任せてきた。それでもけっこうな 仕事を押しつけられたものだ」  χはチャーリィのカスタム・フェイドラであり、 愛機のアマゾン号とともに高機動処理能力に特化 された機能を持つ。しかしフェイドラでは通らな い事務処理は多くはないが少なくもないので、チ ャーリィ自身がしなければならない手続きという ものも存在する。  が、わずかに笑いながら続けるチャーリィの口 調に悪意はない。 「ヘッドマウント式インターフェイス、か。船か ら運んできたのか?」  サブモニターに映し出されていた映像がメイン に移動した。その後、艦橋内のモニターに各内部 カメラの映像が映し出され、メインモニターが外 部カメラに切り替わる。続いて各種センサーの情 報が一斉にモニターに書き出され、船内のチェッ ク状況を怒濤のように表示して沈黙した。この船 とインターフェイスの相性は悪くないようだ。ま た、それを操っていた人間のエングラムとも。  インターフェイスの前面が機械的に跳ね上げら れる。まるで中世の兜を見ているようだが、エン グラムという力を使うための魔法の兜だ。 「めずらしいモノでもないだろう」  振り返るでもなく、そのままコンソールで終了 処理を行う。  チャーリィの発現場所は前頭部。そのため、チ ャーリィ自身も似たようなインターフェイスを愛 用している。一般的ではないが珍しくはない、そ の程度のものではある。ただ彼女は何というでも なく、「そうだな」とだけ返した。用事とは別に 関係なかったらしい。 「ところで有須川、あと一時間ほどで出航できる。 今のうちにシャワーでも浴びてきたらどうだ」  有須川、と呼ばれた人物がインターフェイスを 置いて軽く頭を振る。無重力とはいえ、質量が消 えるわけではないので多少首が凝る。多分に精神 的なものではあるが、人間の習性というものであ ろうか。後ろで束ねられた黒髪が、静かに揺れて いた。その瞳にエングラムが走るが、外からは見 えない。  有須川ミチル、19歳。吸収遮光式のフラットタ イプサングラスをかけたその青年は、皮肉屋であ ることとその操縦の腕によりセレス基地内で知ら れていた。天賦の才と経験が融合した操船技術は 口の悪さを十二分に穴埋めするものであったし、 本業の『届け屋』の仕事には確実との定評があっ た。まぁ、別のことでのやっかみがないではなか ったが。  ともあれ、調整も終了したので彼女の言葉に従 うことにしたらしい。軽い礼を残して、艦橋から 通路へ流れていった。  残されたチャーリィが思わず漏らした苦笑が、 誰もいない艦橋に所在なげに漂っていた。 「なぜだろう、どう思うドクター」  そういって一口、カップの中身をすする。とは いえそのカップにはフタがされているのだが。そ こからストローが突き出ていて、急いで飲めばや けどをする。熱い飲み物用に口の広い構造になっ てるとはいえストローの宿命というやつであろう。 「ドクターって呼ぶのはやめて、って言ってるで しょ」  こちらも一口すする。中身は紅茶だ。こうして 男女が紅茶を飲んでいるというのも絵にならない こともない。ドクターと呼ばれた女性の方は、絶 句するが誰もが美人であると認める容姿ではある し、男性の方もサングラスが怪しいなりにいい雰 囲気を醸し出してはいる。しかしなんというか、 へなちょこな空気が流れていた。 「最近、女の子が俺のことを避けてるような気が するんだが」  問うは神道寺龍威、27歳。外した姿を見せるこ とのないサングラスの下には、端整な顔立ちの素 顔が隠されている。その素顔を知っているのはベ ッドを共にした女性だけだと言うが。その噂の真 偽も覚えのある女性達だけが知っていることだろ う。 「珍しいわね、普段なら『俺のことを意識しすぎ ているんだ』、でしょうに」  答えるは鈴木林、23歳。小惑星帯SG内でも指折 りの美人医師のハズなのだが、龍威でさえ彼女だ けには手を出そうとしなかった。それは、誰も彼 女に診察してもらおうとしないことと何か関係が あるのかも知れない。 「恥ずかしがって隠れるのはわかるんだが、あか らさまに避けられてる気がしてならん」  当然である。小惑星帯SGが結成されてからはや 三ヶ月。彼に声をかけられていない女性はおそら くほぼ皆無であろう。ただでさえ噂が伝わるのが 早い女性陣だ。かなりはやくから彼に対する警戒 シフトが完成している。特に警戒心のない娘を守 ろうと懸命に努力する親の姿は涙を誘うものだ。 「わたしも女の子なんだけどね」 「へぇ」  龍威の返す、気のない即答を気にする林でなし。  相変わらず二人を包む空気はへなちょこだった。  有須川が愛機Ursa neonに戻ってからしばらくし て、白無垢のジャケットを着た男がハッチの前に 立っていた。何に対して身構えているのか、全身 の筋肉に力が入ってるようにも見える。が、彼に とってはそれが自然なのだ。“熱血馬鹿”と揶揄 される所以の一つでもある。 「俺だ。開けてもらえるか」  しばし待ち、ハッチのロックが解除される音が する。モーターとシリンダの稼働音がくぐもった 声をあげた後、口を開いた通路の向こうには金髪 の少女が漂っていた。初めて会った者はその愛ら しい表情よりも、暴力的に発達した胸にまず目を 奪われる。濃緑のジャケットを着ているのだが、 どう見てもそのジッパーは閉じることができない だろう。とにかくまぁ、そんな感じである。 「ユーゴーが来るなんて珍しいんだね」  男。ユーゴー・ウィゴー、18歳。レーザーの如 き直進性とウラン弾の如き貫通力を持つ“馬鹿” と評される。全ての判断基準が「格好良いこと」 であるあたりまだ子供なのだと言う者もいたが。 ただ、愚かしいほどに裏がない性格のためにみん なからは好かれている。少々、持て余し気味でも あったのも確かなのだが。 「『グングニル』のことで有須川に話がある。有 須川はどこだ」  そういいながら既に少女の横を抜けようとして いる。簡潔なのでわかりやすい性格なのだが、い ささか無遠慮なのは否めない。さりとて気にする ような人間がそうそういないというのも変ではあ るが事実ではある。ある意味、似たもの同志の集 団ということだろうか。  そんなわけでさして気にするでもなく、少女は 彼を目で追いながら答える。 「ミシュなら帰ってきてシャワー浴びてるんだね」  そうか、と背中で答えるユーゴー。突き当たり で左右を見た後、船尾方向へ流れて行く。一応な がら惑星間航行が可能な船なので居住区域が存在 する。生活に必要な設備は狭いながらも一つにま とまっていた。船首方向はコックピットだと判断 したのだろう。  そんな彼を眺めながら、少女は何かを忘れてい るような気がしていた。  ラッカ・ローゼキ、16歳。奇妙な事情により有 須川と共にUrsa neonで生活しているが、周りの声 は全く気にしていないらしい。と言うよりも気付 いていないか理解していないと言った方が正しい のだろう。塗装と整備を得意とするが、そのため か精神的に工具に依存している。普段着ている濃 緑のジャケットには様々な工具が鈴なりに収納さ れているのでかなり重いはずであるが。1G育ち は怖ろしいという典型例であろう。  その1G育ちの足で壁を蹴ると、ラッカも居住 区域に流れていった。  共同で使っている私室の扉を開くときも、なん となく何かを考えながら。  『グングニル(Gungnir)』。  北欧神話の主神、オーディン(Odin)の武器とさ れる槍の名前である。説明を加えるには、その名 前を付けられた企画が戦略担当に対して提出され た数日前に遡らなければならない。  地球で唯一、反開発機構軍の姿勢を表明してい たプレステル公国ヴァンダーベッケンが、サド・ フォースとパンデモニアムという部隊によって制 圧されたのは記憶に新しいところだ。その結果、 クーデターにより国連への再加盟を表明したプレ ステル公国から王が脱出するという情報も流れて きていた。  それと同じ頃、プレステル公国王子がデーモン ・ラウルに面会を求めてL4ロス・アラモスに出向 くも門前払いを受けていた。さらに、何の因果か 海賊行為の標的にされてしまって拿捕されるとい う事件が起きている。戦略担当の暗殺を狙ってい るはずの海賊CAT'S YAWNが何故ラグランジュポイ ントで油を売っていたのかという疑問はさておき、 王子と御座船『プレステル・ヨハン』の拿捕は衝 撃を以てフェデレーション内を走り抜けた。それ ばかりでなく、パンデモニアムの隊長とCAT's YAWNの頭領がなにやら密談を進めていたという情 報も流れていた。  それを複雑な思いで聞いていたのはセレス基地 の人間である。そもそも王子がデーモン・ラウル に会おうと決意したのは、その前に訪れたセレス 基地での経験に依るものではないかという憶測が 流れていたからだ。直接応対した次席戦略担当も 表面にこそ出さなかったが気にしているようだと、 主席が漏らしている。そのうえ襲撃の張本人が戦 略担当暗殺部隊となると、縁も因縁も存在する。 フォート・アラモに移動した海賊との決戦が予想 される後行トロヤ群宙域海戦に向けて慌ただしさ を増す基地内ではあったが、誰も気にしていない わけではなかったのだ。  そんなおり、一つのプランが提出された。  その当時は『グングニル』という名前が付いて いなかったが、現在その名称で戦略担当の承認を 受けている「プレステル公国王子救出計画」であ る。詳細は省くが、戦略担当との数度の話し合い を経て十名の参加者が選抜されたその計画は十分 異色のものであったと言えるだろう。それは、主 席戦略担当が承認した一つの事実に集約される。  FSGB0002γ「アタランテ改」級の使用許可であ った。  意外なことに、戦略重要拠点であるはずの小惑 星帯には反物質船が存在しない。しかも、今回の 動乱では最大の艦隊戦が行われているにもかかわ らずである。その技術はフェデレーションだけで なく人類全ての宝であり、無限の可能性を約束し てくれるものでもあった。 「対消滅炉……か、整備のし甲斐がある」 「ふん。フラットランダーで見られるだけでもあ りがたいと思うんだな」  主機関が稼働していないために薄暗い機関室に、 黒人の男が二人。なにやら怪しい雰囲気ではある が二人とも動力専門の整備技師である。  とはいえ外見が全く異なる。  片側は上半身裸の隆々とした体格、ざんばらに 切った髪をそのままに浮かせているインディオの 末裔。エンジンのチューニングにかけては妥協を 許さないため、その結果として彼の整備した機体 は多分に乗り手を選ぶことになる。  彼、カトラ・ヴァラム。41歳。インディオの言 葉で「ジャガー」を意味する姓を持つ彼は、仕事 仲間に友達が少ない。  対して貧弱とも言える体と短く刈った髪、常に 怒鳴るように大声で話すワツシ族の末裔。マイク ロメートル単位の整備に命を懸ける、いわばはた 迷惑なマッドエンジニア。  彼、ニコラス・ホーマー。38歳。地球産まれを 「フラットランダー」と呼び各種差別発言が絶え ないことから、やはり彼も「ニック」の愛称で呼 ぶような友人は少ない。  仕事仲間から敬遠されがちな彼らの間に交流が あるというのは、何か因縁めいたものでもあるの か単に似たもの同志というだけなのか。  ともあれ、小惑星帯SG屈指のエンジン技師とい うことで彼らが呼ばれたのは間違いではないはず だ。整備するのは、虎の子のアタランテ改なのだ から。  フォート・アラモに移動する直前にベスタ基地 を拠点としていた小惑星帯宙域の海賊に対抗する ため、各種補給物資と共に三隻のアタランテ改を 銀戦車隊が持ち帰ったのはあまり知られていない 事実である。「ストラテゴのコーヒー」の逸話で 知られている物資不足を解消するべく、シャロン ・クロスター以下三名がアントニオ・ビアンキに セレス基地の状況を伝えに行ったのは先月のこと。 その際に要望として提出していたアタランテ改の 運用に認可が下され、物資を載せたアタランテ改 でそれぞれが帰還した。そのうちの一隻の使用を 許可したということである。  その計画承認に反対がなかったわけではない。 主席の独断で成されたその決定に対し、相談くら いはすべきであったろうとの事務的反応を次席が 返したのをはじめ、小惑星帯SGとして海賊対策に 貸借した船をそのようなWGとも言えない集団で運 用して良いものかという意見などがいくつか寄せ られたのも事実だ。ただ、大半の人間が王子救出 というその計画に異論はなかったし、主席の「あ ちらはんも海賊には変わりまへんえ?」という一 言により表面的ではあるが納得する形となった。 先月、各紙の予想を裏切って防戦を選択した小惑 星帯SGらしいといえばそのとおりであろう。  そのようなわけで、計画には一隻のアタランテ 改が貸与されることになった。鈍く光る紅の船体 を持つ、作戦中コードネーム『Gungnir』である。 王子奪還に動く他フェデレーション船に対する形 で参戦することが警戒されるパンデモニアムの戦 力が予想できない以上、限りのあるミサイルでは なく装備は小口径レーザー砲を選択。火力への不 安は当然残るものの、アタランテ改の仕様上それ は仕方がないというものだろう。こうしてみると フェデレーションの純戦力はグワイヒアと小型艇 しかないのである。プレステル公国ほどではない ものの、武力を疎んだフェデレーションの理念を 如実に表したものと言ってもいいかもしれない。 ただしかし、こういった事態が発生するたびに同 様の心配をしなければいけないのではあるが。 「有須川! 『グングニル』に俺の名前がないの はどういうことだ!」  狭い船内にユーゴーの大きな声が響いた。しか し機密と防音に優れた宇宙船の中ではそれほど気 になるものでもない。大声を上げていることに本 人の自覚はないが、一度怒鳴ればさすがに気付い たらしく口を閉じてシャワー室を探している。そ の表情は憤懣やるせないといった様子であった。  船内が狭いのは利点でもある。さほど苦労する こともなく水音を探し当てることができた彼は、 意味もなく気合いを入れ直すとその扉に向けて床 を蹴る。ほんのわずかではあるが、セレスほどの 小惑星にもなれば重力が存在する。認識できるく らい大きな、という表現の方が正しいだろうか。 そのため完全な無重力ではなく、力を加えなけれ ば地面に向けてものは落ちてゆく。人も同様、床 に足が着く。  浴室の扉は軽い音を立てて開いた。浴室やトイ レなどには施錠することもできるが、このような 環境であれば普通はその必要はない。特に有須川 は自分の船に他人を乗せないことでも知られてい た。やはりラッカには気を使うんだな、と言った のは誰であったろうか。  浴室の扉を開けたことで水音は大きくなってい た。シャワー用の防水ポッドの中が明るくなって おり、半透明のシールドと湯気の向こうにぼんや りと人影が見える。長い黒髪が判別できることか ら、有須川で間違いはないだろう。  ユーゴーは、シールド解除のスイッチを押した。  私室のベッドの上では、ラッカが寝転がりなが らネットローグで遊んでいた。ホビットを器用に 操りながら、出現するモンスターから装備を奪い 取って行く。  と、そこで突然彼女が跳ね起きた。まるで何か を思いだしたように。ずっと心にあったものが、 今ようやくわかったとでも言うように。  いや実際その通りなのだが。  空気圧でロックされていたシールドが滑るよう にスライドしてゆく。少し考えればわかることだ が、その隙間から無数の水滴が飛び出してきてい た。室内には湯気が流れ出し、当然ユーゴーの体 もしめらせてゆく。しかし彼はそんなことにはお 構いなしに声を張り上げた。 「『グングニル』に俺の名前がないのは何故だ!」  突然の事態に驚いて振り返った有須川が、そこ に立っているのがユーゴーであることにさらに驚 く。有須川がラキと呼ぶラッカの悪戯ではないか と思って振り返ってみたら、金髪の少女の代わり にいかめしい表情をした無骨な男が立っている。 誰であろうと普通は驚く。振り上げようとした右 腕を力なく掲げたまま、有須川は硬直していた。 「……ゆ、ゆーごー……」  光の加減か青い瞳を彼に彷徨わせながら、有須 川がぽつりと呟く。とりあえず彼がここにいる理 由を考えようと混乱を始める思考をよそに、水滴 が流れた。  非常に申し訳なさそうに膨らんでいるようにも 見える薄い胸をなんの抵抗もなく滑り落ちた水滴 は微重力の中驚くほど綺麗な白い肌に軌跡を描き ながらゆっくりと足元の排水溝へと吸い込まれて ゆく。  ユーゴー、違和感を感じて繰り返す。新たに落 ちた水滴をその目が追った。  非常に申し訳なさそうに膨らんでいるようにも 見える薄い胸をなんの抵抗もなく滑り落ちた水滴 は微重力の中驚くほど綺麗な白い肌に軌跡を描き ながらゆっくりと足元の排水溝へと吸い込まれて ゆく。  ……。  何かとんでもない違和感を感じる。  三度ほど行ったり来たりを繰り返して、ユーゴ ーはようやくその違和感の正体に気付いたようだ。 なるほど、有須川は女だったのか、と。  …………女?  60日を待たずして、ユーゴーの顔が超新星爆発 を起こす。 「あっ、ありすがわぁっ!? 俺はおまえに用が あっただけでシャワーを浴びていたから扉を開け ただけでぁいや覗くつもりなんかじゃなくてそも そも男の裸には興味などあるわけがないが見てい たのはおまえの裸が見たかったからでなく俺にも 何がなんだか」 「ひゃぁぁぁぁあ!?」  悲鳴とも言えない中途半端な声がユーゴーの弁 解兼状況説明を遮る。そこまで行ってようやく有 須川も事態に気付いたようだ。というより、全裸 をユーゴーに見られていたということとその事実 に全く気が回っていなかったらしい。間が抜けて いることこの上なし。どっちもどっちである。  しかし未だ混乱は続いているようで、隠すでも なく呆然とする有須川となにやら弁解めいた呟き を続けながらもしっかりと視線は外さないユーゴ ー。普段の二人を知っている人間ならば、これほ ど面白い見せ物はない。  とその時。通路の向こうから金色の光が飛び込 んできた。そしてその勢いを載せたまま、銀色の 軌跡が一閃。 「いつまで見てるんだねっっ!!」  食事中には聞きたくないような鈍い音が炸裂す る。  突然の衝撃と共に白目を剥いたユーゴーが、後 ろ向きにゆっくりと倒れ始めた。その向こう側に は、重そうなモンキーレンチを両手持ちにしたラ ッカが肩で息をして仁王立ち。 「全く、油断も隙もないんだねっ!」  自分が入れたんだろうに、と抗議することもで きずユーゴーが完全に倒れる。それを見て力が抜 けたのか、有須川がぺたんとボッドの中に座り込 んだ。こうした無意識の仕草は女の子らしいと言 えなくもない。  そんな有須川に、ラッカが声をかける。 「ミシュもミシュ。いつまで裸でいるつもりなん だねっ」  ふわり、と有須川にタオルをかけて、ユーゴー を引きずって行くラッカ。微重力の利点はこんな ところにもあった。いくら1G育ちとはいえユー ゴーを楽々運ぶことが、ラッカのような細腕で可 能なわけがない。そのおかげか、しばらくして Ursa neonの外に転がっているユーゴーが発見され ることになる。  ユーゴーをポイ捨てしてラッカが戻ってきたと きも、有須川はそのままの姿勢で動かなかった。 ラッカのかけたタオルを頭に乗せたまま放心状態 を続けている。 「ミシュ? おーぃ。あれ、大丈夫?」  青く見える有須川の瞳が、少しずつ焦点を戻し てくる。心配しているのかと思うとそうでもない ラッカが顔を覗き込むと、半分戻った理性で問い かけてきた。 「…………みられた?」 「うん」  犯罪的なくらい無邪気に即答するラッカ。 「…………………………ばれた?」 「たぶんばれてるんだね」  偽っているわけではないが明言はしていない。 とりあえず小惑星帯SG内では男性と思われている。 別にユーゴーが騒ぎ立てることはないだろうが彼 に見られてしまったのは事実。おそらくは女性だ とわかってしまっただろう。  いくらユーゴーでも。  そう続けるラッカの呟きでさえ、本日二度目の 放心に陥った有須川の耳には届いてはいなかった。  奇妙なほどの日本的空間の中で、野性的な男が 瞑想している。  その行為だけ見れば全く不自然ではないのだが。 右手に日本刀左手に掛け軸、その背中には大きく FIJIYAMAが描かれているとくればこれほど奇妙な コックピットもないだろう。  カイン・アールフィード、25歳。侍を自称する 彼は異常なまでの日本フリーク。時代劇や戦国も のの映画を繰り返し観るうちに、想像通りの人間 になってしまっていた。星の船はオールト雲の彼 方まで人を運ぶこのご時世に、日本刀で白兵戦を 行うあたりが通好みでもある。  どこかから獅子脅しの効果音が流れる。ただ黙 して瞑想を続ける彼には、どこかで起こった衝撃 的事件など気にならないものなのかも知れない。 「うぃっす」  艦橋に漂い出てきたその声に、通信端末を操作 していた二人が振り返った。小惑星帯SGではお馴 染みの女性と、何となく目立たない感じの男性と いう取り合わせだ。 「あら? 真理さんも参加するんだったっけ」  聞こえようによっては失礼にも取られかねない ことを言うのは鈴木林。しかし彼女に裏があろう なんて事を想像しようとする人間すらいないのは 面白い事実である。よい意味でも、悪い意味でも 警戒されていないということでもあった。  そんな大多数と同じく、笑って林に返答したの は八重歯もかわいいボブカットの女性。セレス宙 域で何らかの作業をしたことがあるならば、必ず 一度は見たことがあるはずである。  蒼空寺真理、22歳。Channel-Xというホットライ ンを持つセレス基地の案内係である。元は宇宙救 助隊メンバーだけの専用回線だったはずなのだが、 いつの間にやらセレス基地のナビゲート専用回線 になってしまっている感がある。普段はこうもり ねこ号から各種作戦に参加している彼女であるが、 今回は船を下りて『グングニル』に参加すること にしたらしい。 「お兄さんは?」 「忙しいらしくて、連絡とれなくて」  たしか最後に会ったときにはアイオロス号で王 子様を助けに行くとか言っていたはずだが。子供 じゃないんだし、ちゃんとやっているとだろうと 思う。 「調べてやろうか?」  そう言ったのは彼女が先ほどまで話していた細 身の男性。よく見ればそれほど細いわけでもない のだが、長身となで肩からくる印象が実際以上の 細さを感じさせる。そのうえ、妙に存在感がない。  コクーン・ドルマー、27歳。本業は探偵である 彼は情報収集を得意とする。真理や相棒の織田愛 美が情報発信のエキスパートだとすれば、それを 傍受して解読するのが彼の得意分野だと言っても いいだろう。そのため、今回のように目的地が特 定できないような作戦では非常に重要な役割を果 たすことになる。全ては、機構軍の情報をどれだ け解析できるかにかかっているのだ。  今回はその作業を二人で分担することになった らしい。つまりコクーンが傍受した情報を真理が フェイドラを使って解析し、行動の指針とする。 如何に情報収集のプロとはいえ、軍の機密情報を 傍受しつつ解析を行うのは至難の業。真理の突然 の参加は意外なものではあったが、今回参加する メンバーにとっては非常にありがたいものだった。 「そう、真理さん」  突然、林が独り言を呟いた。コムニーから連絡 が入った風でもなく、途端に引く二人。危ない人 でも見るかのようなその反応に、慌てるでもなく ぱたぱたと手を振る林。 「あぁ、気にしないで。……じゃぁ、アスミくん 来てくれる?」  しばらくすると、軽やかな動きで一人の青年が 登場する。端整な顔立ち、猫毛の黒髪。そして、 なんとなく妖しさをたたえた視線。 「ミス鈴木。問題はないようだね」  意味ありげにつむった片目に意味はない。  アスミ・キラーコアラ、23歳。優雅とも言える 足取りと端整な顔立ち、銃の腕もSG内では折り紙 付きである。とくれば女性陣が騒いでいそうなも のだがそういうわけでもないらしい。誰かの兄と 熱愛中であるという、一部にはめっぽう評判の悪 い噂が流れていた。本人はあっさりと肯定したと いう話だが、その後誰も確認しようとしていない ようだ。 「……? もしかして噂に聞いた『ポ』ってやつ か?」 「っ♪ 正解。さすが情報通よね」  コクーンの言う『ポ』はポチョムキンではない。 シャドウと同様にプリズナーを受けて生き延びた 者が身につけていたという、共感という能力を持 つエングラム技能。『現在の記憶』を共有するこ とができるというこの技能は、相互に使用すれば お互いの特技ですらも使いこなすことが可能とな る。あまり知られていないが素晴らしく有用性の 高いこの技能の正式名称を「ポゼッショナー」と いう。  常に情報を集め、分析を続けているコクーンだ からこそわかったのであろう。おそらく、未だそ の存在すら知らない人間が大半のはずだ。 「ほいじゃよろしく、相棒くん」 「OK、ミス鈴木。しっかりとバックアップ頼むよ」  何故か一抹の不安がよぎったのは、如何なる要 因によるものだったのか。おそらく、あなたの心 がいちばんよく知っていることだろう。  チャーリィが再び姿を現したときには、ほぼ全 ての人間が揃っていた。 「……有須川はどうした」  出航準備も整い、あとは中央官制に指示を仰ぐ だけになっているはずだ。予定時刻もそろそろ過 ぎようとしている。いつもなら既にいるはずなの だが、操縦席と通信席が無人のままだ。 「Ursa neonに連絡入れてみますか?」  いつも通信を担当しているだけに真理の反応は 早い。コクーンが回線を準備するまでもなく、既 に通信待機のウィンドウが開かれていた。 「そうだな」  チャーリィが言い終えるかどうかというタイミ ングで扉が開く。始めに金髪が見え、後ろから件 の人物が続いて姿を現す。さっさと空を泳いで通 信席に座ったラッカに対し有須川は艦橋内を見回 していたが、その視線が一瞬止まる。 「チャーリィ、何故あいつがここにいる」  と言っても真理のことではない。親指で差され た白いジャケットは、つい先ほど見かけた記憶が ある。何となく、頬に血が上る。 「万が一に備えて突入部隊の救護を担当してもら う」  そういえば『グングニル』に関して何か言って いたような気もするが……そのことを考えるとど うしても調子が狂う。意志とは無関係に顔が赤く なっていそうだ。  そうか、とぶっきらぼうに言って一瞬で気持ち を切り替える。とりあえずは目の前の操船に集中 することにした。それができない人間は、宇宙で 生活して行くことはできない。  有須川が操縦席に着き、全てのシートがこれで 埋まったことになる。  アタランテ改の、十二のシートが。 「さしずめ宇宙救助隊十二神将と言ったところか」  口に出さなければいいやつなのだが。ユーゴー の、ユーゴーらしいところであった。 「対消滅エンジン、ゲイン60%突破」 「センサー、感度良好」 「フレームおよび装甲オールグリーン」 「ゲイン80%で安定。臨界までのチェック、全てク リア」 「各部スラスター、異常なし。……いつでもいい ぞ」 「CCICと回線開きます」 「こちらアタランテ改級Gungnir。出港許可が欲し いんだね」 「おぃラキ」 『CCIC、ストラテゴの承認を確認しました。…… いってらっしゃぃ、ラッカちゃん』 「まかせておくんだねっ」 「ちょっとくれる? ……愛美ちゃん、わたしい ないけどあとはよろしくね」 『はぃっ。うーみゅーっと、ではGungnirの出港を 許可します』 「なんか俺達恰好いいな、うん」 「チャーリィ殿、ここはやはり艦長の台詞でござ ろう」 「みんなのんきね」 「ドクターに言われたくないと思うが」 「だからドクターは」 「Gungnir」  チャーリィの一言で訪れる静寂。 「発進する」 ──────────────────────